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様々な世代の人々が様々な場で、生涯を通して何らかの形で英語にかかわって仕事をしています。英語は人それぞれ、その場その場で違います。このシリーズでは、英語を使って活躍する方にお話を聞き、その人の生活にどう英語が根付いているかを皆さんにご紹介し、英語の魅力、生涯にわたる楽しさをお伝えしていきます。英語はこんなに楽しいもの、英語は一生つきあえるもの。ぜひ英語を好きになってください。

第53回 国内出版大手の小学館におけるグローバル化への対応と、英語の関わりについてその2

杉本 隆さん

杉本 隆さん
小学館に86年入社。
以来、子ども向け雑誌・書籍・デジタル関連ソフトウェアの編集・制作を担当。
現在は児童学習編集局 デジタル企画室室長。

鈴木 佑治(聞き手)

聞き手:鈴木 佑治先生
立命館大学生命科学部生命情報学科教授
慶應義塾大学名誉教授

英語教育に見る台湾と日本の文化の違い

鈴木佑治先生:
漫画の文化についてですが、非常に興味があります。日本と世界では差がありませんか。
杉本隆さん:
はい、それは圧倒的に日本が進んでいます。先週、台湾でアニメーションを専攻している大学生に、日本のアニメーションについてのワークショップを開き、大学の教室で80人くらいの学生に向けて話してきました。その時「絵コンテを描いてみませんか?」という話をしました。で、実際に紙を配って、英会話を「アニメーションで表現してみてください」という課題を出しました。驚くべきことに、台湾の学生は、アニメーション専攻であっても、それまで1回も絵コンテを描いたことがない人がほとんどでした。つまり手描きでストーリーやシナリオを書いたことがないんです。『それでは学校でいったい何をやっているんだ』という話です。日本人は、アニメーションに限らず、映画監督でも普通に自分のイメージを絵コンテで描きますよね。絵コンテを描くというのは、アニメや映画の作成においてはもっとも大事な作業だと思うのですが、台湾の大学生はほぼ経験がありませんでした。ワークショップに参加された皆さんは絵もあまり上手ではありませんし、素養があると思える人は、2、3人しかいなかった、というのが実感です。
私は出版の仕事をしているので、よくわかるのですが、漫画というのは真っ白な紙にシナリオと会話とキャラクターを書いて、それを絵柄で構成して演出しているわけです。これはどれだけ難しい作業かと考えると、クリエイターとしてはもっとも難しい作業になるわけなんです。
鈴木佑治先生:
そうでしょうね。それに、読む人のことを考えながら「演出」するんでしょう?
杉本隆さん:
ええ、おっしゃるとおりです。それが、日本の普通の高校生がノートにサラサラっと漫画を描けてしまうというのは、日本独自の文化だと思います。クリエイターの専門的な教育がどうなのかという話ですと、例えば宮崎駿さんは、学習院大学の文系の学部を卒業された方なんですよね。だから、専門教育を受けなくても、好きな人はかたちになっていくんです。大学でそういった勉強を教わっている人で、専門教育が必要なのは何かというと、単なる技術なんですね。
鈴木佑治先生:
わかりました。さて、今後の出版会全体の問題として、本はどうなっていくのでしょうか。
杉本隆さん:
そうですね。アジアだけを考えてみてもEブック化が進むのは間違いないと思います。従来の本はなくなりませんが、端末を持ち歩く習慣が浸透すれば、効率から考えれば本も端末で読むのは当然の流れです。たとえば書籍を電子化する作業は、さほど電子書籍が一般化していない中国本土でも盛んに行われています。ただ、中国がこれから電子書籍中心になるのか、というと難しい側面もあります。私の印象ですが中国という国は国としてとらえると、あまりに広大で人口が多く、つかみどころがない。中国は国ではなく、様々な考え方を持つ地域と人間が共存している「世界」という感覚がしっくりくると思います。電子書籍という観点だけで見ても、一言では語れないでしょうね。
ちなみに、中国の英語の成績は平均値ではアジアの中でも低レベルです。ただ、中国で英語を話せる人が少ないとかいったら、そうではありません。例えば1%の人が英語が話せるとしたら、中国では1300万人以上になります。中国人で英語を学んでいる人はあるデータでは3億人以上と言われています。実際中国でエリートの方というのは、抜群の英語力ですよね。
鈴木佑治先生:
北京大学や北京外国語大学に行き、大学生と話した際、「留学経験があるのではないかと」と思ってしまうくらい上手な英語を話していました。先ほど話しておられた、台湾でのワークショップの学生は絵コンテがなかなか描けないということでしたが、彼らの英語力はいかがでしたでしょうか。
杉本隆さん:
抜群の英語力とまではいきません。でも、今回ワークショップを主催した台湾の大学のいくつかは、元々外国語の大学なんです。ですから、先生方は、とても綺麗な英語を話されます。大学として生き残りのために、外国語の学科以外の学科として、アニメーション学科を設けています。そこにアジアの貪欲さを感じます。本来外語大学はアニメーションとまったく関係ないわけです。要は大学として生き残るためにスピーディーに反応して、生徒が集まる環境を用意するという姿勢、これはビジネスと同じですよね。ただ実際そうはいっても、すぐにしっかりした教育ができるようになるわけではなく、絵コンテが全く描けない学生がでてきてしまっているのです。アジアの特色のひとつですが、スピーディーに反応して付いていく、駄目なら他をやろうという、切り替えの速さは素晴らしいですよね。
鈴木佑治先生:
なるほど。さて、小学館の書籍その他のコンテンツは小学生や幼児向けが多いとのことですので、関連して、中国や台湾の小学校英語教育についてお聞かせいただけますか。
杉本隆さん:
台湾の英語教育をみていて、一番参考になることは、コミュニケーション能力重視という点です。間違っているか否かということはあまり重視していないので、日常台湾の方とメールや会話等で英語のやりとりをしていると、彼らの英語は間違いだらけです。日本の場合は、もし英語で間違えるとマイナス点をつけられてしまいます。ですが、台湾の場合は間違いだらけでも相手に通じればOKという考え方です。ですから彼らは非常にボキャブラリーが豊かですし、文法が正解でなくてもどんなに間違いだらけでも、そのほうが優秀だと思うんです。つまり、相手に自分の意思をはっきりと伝えて相手の意思を汲み取ることに注力をしているということです。
鈴木佑治先生:
なるほど。台湾と違って、中国は戦後からつい最近の近代化開放路線に変わるまで、英語は勉強できなかったという政治的事情があったわけですが、そんなことを理由に、英語を話せない、使えない、と言わずに、どんどん使っているということですね。
杉本隆さん:
そうです、それはないですね。元々中国系の地域ですから、皆さん自己主張がはっきりしています。必ず相手に自分の主張を伝えて、相手が言ったことに対して必ずレスポンスを返すという習慣が根付いています。ですから、英語力があろうがなかろうが、何事にもきっちり自分の意見を言う姿勢が確立されています。あとは、アジア諸国全体としていえるのは、ビジネスの相手が同じ国の人間や同じ民族とは限りませんので、そうなると共通言語は当然英語ですね。
鈴木佑治先生:
今までお仕事で行かれたアジアの国々は?
杉本隆さん:
中国、台湾、フィリピンです。
鈴木佑治先生:
台湾で英語教育が盛んになったのはいつ頃からでしょうか。
杉本隆さん:
2001年くらいです。各自治体によって違うのですが、正式に始まったのが2005年で小学校3年生から英語教育を始めています。台湾は、中国同様、地方自治体の力が強いので、台北では2001年から英語教育は始まっていました。義務化したのは2005年ですが、それ以前にスタートしているところはかなりあるようです。
鈴木佑治先生:
2005年といいますと、台湾では英語教育が完全にスタートしていますが、そのころ日本では、英語教育の是非をめぐる「神学?」論争の真っ最中でした。
鈴木佑治先生
杉本隆さん:
そうですね。私は大変合理的な判断だったと思うのですが、台湾では実際に英語の授業をとりいれる過程で、英語と母語の両方の言語を学ぶ際の、母語である台湾語の能力についてのリサーチを行っています。その結論としては、小学校時代に英語学習を取り入れた場合、母語の学習結果を比較しても、顕著な差は生じていなかったので英語導入にOKが出たわけです。台湾の場合は、その調査結果で納得したんですね。なので、その後、台湾では、母語擁護派は消滅してしまったわけです。
鈴木佑治先生:
なるほど。台湾でも母語擁護派というものがあったんですね。
杉本隆さん:
はい、ありました。やはりどの国でも母語はその国の文化だと考えている方がいますが、台湾ではリサーチの結果で納得したわけなんです。
鈴木佑治先生:
そうですね。「母語が無くなるわけがないじゃないか」ということですよね。
杉本隆さん:
そうです。
鈴木佑治先生:
結果、台湾では母語はなくなってしまわなかったのでしょうか。
杉本隆さん:
いいえ、母語はなくなっていないです。台湾は、実は多民族国家というか地域なんです。同じ台湾内でも、住んでいる地域によって若干民族構成が違うんです。福建省からの移民等いろいろな人がいる中でコミュニケーションをとっていくには、母語が必要なので台湾で母語はなくならないのです。
鈴木佑治先生:
なるほど。生活用語として英語を入れざるを得ないといったことについては、いかがですか。
杉本隆さん:
そうですね、とくに台北、高雄は経済都市ですので、外国から多数の企業も来ていますし、コンピュータ産業では世界5位くらいまでの会社は台湾にありますから、英語は必須です。『英語を話さなければいけない』という危機感は、アジア諸国のトップの人間には根付いていると思います。
鈴木佑治先生:
わかりました。それでは台湾小学館について少し教えていただけますか。
杉本隆さん:
はい。正式名称は「台灣小學館股份有限公司」という現地法人で、スタッフは全部台湾人です。アジア市場でのコンテンツ制作、販売をこれから担っていくという、ある意味トライアルの取り組みです。日本の会社で海外展開、アジア進出を考えた時に、やはり中国には行かないといけないわけですが、安易に中国に直接乗り込んでいくと失敗しますので、中国進出をスムーズにするにはどうするかということを考え、まず台湾に設立したわけです。
鈴木佑治先生:
台湾は、日本への評価が高い国ですね。しかしアジアのなかで自分たちがどう生き残るかといったときに英語への切実感という点では日本とは比べ物になりません。そういったなかで、台湾の小学校では英語教育が導入されていますが、現状はどうでしょうか。
杉本隆さん:
台湾小学館のビジネスで、台湾の政府から依頼された案件があります。その関係で台湾の小学校に見学に行きましたが、非常に実践的な英語の授業をしていました。ある教室に入ると、そこでは模擬スーパーマーケットになっていて、壁のあちこちに商品が置いてあって値札等もドル表示、商品名は英語と台湾語両方書いてあり、レジもあります。要するにお買い物ゲームです。つまりそこで、買い物というプロセスの中で英語を使うという、楽しく英語に親しめる環境があるわけです。トラベル英会話的な、実践的な英語が楽しく体験できるようになっています。
鈴木佑治先生:
なるほど。そうしますと先生方についてはどうですか。
杉本隆さん:
先生方については、日本とあまりかわらないかもしれません。ただ、台湾では、ALTはほとんどいません。各自治体が、ALTに頼らず先生自身で英語を教えるように、ということなのだと思います。
鈴木佑治先生:
なるほど、そうですか。
杉本隆さん:
はい。日本でもそうだと思いますが、台湾でも英語のスキルの差というものは確実に出てきています。富裕層は、自宅学習や塾で英語教育に個別に取り組んでいます。元々塾が好きな国なんです。
鈴木佑治先生:
そうですか。塾というのは、受験英語のための塾ですか。
杉本隆さん:
検定英語の受験もありますし、そうじゃない塾というかいわゆる英会話学校もあります。富裕層の小学生はほとんど全員といっていいくらい皆塾に行っています。日本と違うところは、首都・台北の小学生は、朝学校へ行く前に、外の屋台等で朝ごはんを食べて学校へ行って、学校が終わった子はそのまま学校で勉強し、塾に行く時間になったら、塾で夕飯を食べて、また塾で勉強して、親が塾に迎えにくるのが夜10時頃、という生活が普通です。
鈴木佑治先生:
それはすごいですね。
杉本隆さん:
ええ、おっしゃるとおりです。ですから、『いつ家族でご飯を食べるのか?』と思います。台湾の子は、外で遊ぶという習慣がありません。保護者が外で遊ぶのは危険だと判断しているので、公園で遊んでいる子供というのは見かけません。そういった外遊びは、すべて学校のなかでやっているんです。
鈴木佑治先生:
アメリカの都市部の小中学校と同じですね。
杉本隆さん:
台湾は治安のいい国ですが、公園で友達と誘い合って遊ぶというシーンは見ません。富裕層の子どもたちは皆ひたすら勉強しています。
鈴木佑治先生:
小学館では、子供向けの教材づくりもしてらっしゃいますね。
杉本隆さん:
日本である程度内容を固めたものを、台湾の学校に導入しようとしていますが、ローカライズで苦しんでいるのが現状です。
鈴木佑治先生:
検定教科書への対応ということでしょうか。
杉本隆さん:
むしろ、教育・学習方法の違いですね。ちなみに、台湾では2001年くらいまでは、統一の教科書があったのですが、今は自由選択になっています。台湾では教科書は毎年改定されています。そこが日本と違うところですね。
杉本隆さん

鈴木佑治先生の感想

今から5,6年前、日本では公立小学校に英語を導入するか否かで大激論が行われていました。賛否両論の大激論が展開されましたが、ちょうどその時に、私は、上海、南京、北京、大連の大学に行く機会がありました。巷には嘗ての敵国言語であった英語が氾濫しています。大学生と話していると、英語や日本語を話せるようになりたいという熱気が伝わってきました。英語や日本語が中国に浸透することへの是非はあるでしょう。また、そうしたことへの議論があると思いますが、民衆レベルでは、これらの言葉を話すことによるメリットが先行するようです。だからといって、中国語を捨てようなどと考える大学生は一人もいませんでした。中国語を話せるから、英語や他の言葉を話せることが売りになるからです。とは言え、確かに、アメリカのネイティブ・アメリカンの多くは母語を失い、英語モノリンガルです。言語は生物の種のように、強いものが生き残ってしまうのでしょうか。非常に複雑な問題です。さて、杉本さんは、鳥獣戯画などに代表されるように古くから風刺画として、江戸時代には、町人文化に浮世絵として栄え、大衆のあいだに面々受けつながれた漫画の文化が、今や、mangaとしてグローバル化されていく、まさに、その最前線で活躍されています。一方では、紙メディアからデジタル・メディアへの転換、もう一方では、英語とそれぞれの国の母語や文化にどのように移せるか、恐らく、そうしたことを考えながら、日本をベースに世界各国を訪れて若者と接触されているのではと考えます。私は、mangaが、言語を超えた有力な普遍的表現形態、すなわち、リンガ・フランカ(共通語・通商語)ならぬマンガ・ フランカになりつつあり、3次元のアニメと合体し、今後どうなるのであろうかと考えながら、杉本さんの意見を拝聴しております。次号もお楽しみに。

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