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様々な世代の人々が様々な場で、生涯を通して何らかの形で英語にかかわって仕事をしています。英語は人それぞれ、その場その場で違います。このシリーズでは、英語を使って活躍する方にお話を聞き、その人の生活にどう英語が根付いているかを皆さんにご紹介し、英語の魅力、生涯にわたる楽しさをお伝えしていきます。英語はこんなに楽しいもの、英語は一生つきあえるもの。ぜひ英語を好きになってください。

第54回 国内出版大手の小学館におけるグローバル化への対応と、英語の関わりについてその3

杉本 隆さん

杉本 隆さん
小学館に86年入社。
以来、子ども向け雑誌・書籍・デジタル関連ソフトウェアの編集・制作を担当。
現在は児童学習編集局 デジタル企画室室長。

鈴木 佑治(聞き手)

聞き手:鈴木 佑治先生
立命館大学生命科学部生命情報学科教授
慶應義塾大学名誉教授

コンテンツのデジタル化にみる今後の日本について

鈴木佑治先生:
小学館として、今後の少子化やペーパーレス化についてはどう見ていらっしゃいますか。
杉本隆さん:
私の考えとしては、デジタル化の方向性は今後も進んでいきますが、すべてのコンテンツがデジタルに移築できるかというと難しいと思います。本というのは見開きなので、ある程度の大きさが必要です。特に漫画はそうですから、コンピューターの画面のようなものだとフォローアップできないんです。ですが、昨今、携帯電話でのマーケットは広がりつつあるのが現状です。
最近、デジタル教科書教材協議会(DiTT)というもので、デジタル教科書導入を各方面から検討しています。小学校にデジタル教科書を入れる場合は、おそらくタブレットPCになると思われます。全国の小学生が全員タブレット型の端末を学校で使って、それを家に持って帰るということは、ものを見る基準がすべてタブレットPCになることを意味するんですね。そうすると、今後はそれに合わせた規格の本を作るというのが、自然な流れなのかなと思います。
鈴木佑治先生:
アメリカは既にそうなっていますよね。
杉本隆さん:
そうです。アメリカの場合、省スペースや費用削減という意味合いが大きいのですが、もうひとつ、日本とアメリカでは本の文化に違いがあります。アメリカは、本というのはほとんどがテキストベースなんです。しかし日本の場合は、グラフィック重視のコンテンツが多いので、『果たしてデジタルに移植してどうなのか?』と思いますね。
鈴木佑治先生:
なるほど。それはコンテンツやテキストの容量の問題からきているのでしょうか。
杉本隆さん:
これは、文化的な問題だと思います。タブレットなどでカラーを表示するためのEインクは、最近では表現が綺麗になりましたが、日本の本は元々のグラフィックが綺麗だし、写真やイラストも入って、デザインがきめ細やかなものが多いのです。例えばアマゾンが発売したキンドル(*)のモノクロ表示のマシンに日本の雑誌を入れてみたときに、ものすごく違和感があると思います。
鈴木佑治先生:
それはそうでしょうね。
杉本隆さん:
ええ。ですから、それを突破できるマシンができたら、全部そちらに流れていくのだと思います。あと、みんな本を手元に所有したがらなくなっています。昔は、家に大きな本棚があってそこに百科事典が並んでいることがステイタスでしたが、今は誰も買いませんよね。辞典や辞書のようなものは、タブレットのような小さなものに詰め込むことがすでに常識となっています。漫画に至っては、今の若い方は漫画の雑誌を買って読まないんですね。どうしているかというと、漫画の連載が終わるのを待って、それをまとめて借りるか買って読み終わったら売る。こうして、自分の本棚に本を入れないわけです。
鈴木佑治先生:
なるほど。スペースもないし、本や漫画を手元に留めておかないわけですね。
杉本隆さん:
漫画本も広い意味ではソフトウェアの一種だとみなすことができますが、今はソフトウェアをコレクションとして手元に置くという習慣がなくなってきています。ソフトウェアは一時的にあればよい、というスタイルがデジタル化によって加速していると思います。
鈴木佑治先生:
なるほど、よくわかりました。実は私自身1990年頃ですが、コンピュータ系の先生の研究室に伺った際、本棚にほとんど本が置いてなくて驚いたことがあります。それは台湾や中国でも同じ状況なのでしょうか。
杉本隆さん:
台湾では、書店はありますが本離れの傾向にあります。でも、本に回帰しようという運動を先生方がやっていると聞いています。日本の学生は、自分の家から電車で通学する人も多いので、読書できる時間が一日に何時間かあるわけです。台湾や他の国では、通学時間というものがあまりないので、本を読む時間がなく、それを今正そうという流れはあります。但し、本そのものに対する所有欲があるかというと、無いのではないでしょうか。アジアの国では、どこも自宅の面積は限られていますから、本を所有して置いておく余裕はないんだと思います。
鈴木佑治先生:
わかりました。さて、昨今は英語から逃れられないという時代になってきていますが、今後どうなっていかれると思いますか。
杉本隆さん:
私自身、会社員ですが英語を使えることによって仕事の幅が変わってきていると思います。グローバル化するということは、競争相手がグローバル化しているわけです。インターネットが普及した現在、競争相手というのは、間違いなく日本国内だけではないわけです。優秀な学生は全世界にいるわけです。競争相手が世界にいて、その人たちと張り合っていくのに何が必要かというと、同じ情報ならいかに早く制するか、もしくは同じ情報でも自ら発信できなければいけないと思います。それをするのが、たまたま英語ということなんです。元々インターネットをものすごく重宝して使っていたのは大学の研究者です。彼らは論文を製本されて売り出される前に、ネットにアップされているものを読まなければいけないという習慣が身につきました。そうすればいち早く他の研究者の研究成果を知ることができるわけです。それとまったく同じことがビジネスの世界で起こっています。つまり、英語で書かれている最新情報や貴重な情報を制することができなければ、ビジネスチャンスを逃してしまうという、いわば即決の世界に近づいているわけです。したがっていやでも英語を学ばざるを得ない状況なのです。
鈴木佑治先生:
かつては、最新情報の更新などは、1年に1度かそれ以上かけていましたが、今は瞬時に行われていますね。
杉本隆さん:
これまでの時代と比較し、通信スピードの差が圧倒的だということは明らかです。全世界で今何が起こっているか、端末1台で大体のことがわかるようになっています。グローバル化が進めば、競争が激化するのは当たり前のことで、いままでも情報を捕らえるタイミングが遅い人達は損をしていましたし、それによって社会の階級格差というものも生じていたと思います。ですが、今はそういう情報をとらえるタイミングの差がなくなって、全員競争になったわけです。そうなると、どんな人にでもチャンスがあるということで、ライバルの数も数十倍、数百倍になり、油断していられないわけです。そして、日本人が本来身につけていない、英語能力以外の、たとえばジャッジメントの速さや情報の処理能力などを持つ人たちと対抗するには、最低でも英語は学んでおかなくてはいけません。でも、ここで気をつけなくてはいけないのは、日本の教育のおおもとは、役人になるための資格試験突破のための勉強がベースになっているということです。これは現在となってはその効果がマイナスになっていると思います。それと、母国語を守るために他言語を入れないという考えは、今までは「あり」だったかもしれません。しかし今後は、情報発信してほかの人達に受け入れてもらって、ファン層を増やしていかないと、デジタル上にその情報が一切出ないことになり、その伝統が終わってしまうこともあるのではないかという危惧をいだいています。
鈴木佑治先生:
日本人の良さや日本古来の伝統の素晴らしさといったものは、今まで世界に理解されず、素通りされていました。でも、デジタル化が進んだ現在、例えば、昨年の大震災の被災地の様子は瞬時に世界中に伝わりました。がれきに覆われた悲惨な様子もさることながら、そんな未曾有の災難の中で、東北被災地の方々が忍耐強く、お互いを思いやる冷静な姿が、デジタル・メディアを通して世界に発信され、多くの人に感動を与えました。今までは、来てみなければ理解されない日本文化が培ってきた素晴らしさが、デジタル化が進んだ現在では、個人でも簡単に発信できます。この不幸な大災害を通して、多くの人が発信することの大切さを身をもって体験したと思いますが、この点について、どのように思われますか。
杉本隆さん:
おっしゃるとおりだと思います。日本人のコミュニケーション能力を上げるためには、プレゼンテーション力がもっと必要で、ものを言わない人間は、今の時代誰にも知ってもらうことができません。つまり伝統文化を守るためには、伝統文化を発信していく、あるいは世界に打って出ていかなければいけません。そうでないと、伝統文化は消えてなくなってしまうでしょう。
鈴木佑治先生:
出版という業界の中で、英語教育も含め今の日本の教育についてはどうお考えですか?私の場合、大学について考えたときに、これからの日本の大学は、テーラーメイド的なものになってくると思います。学生が何を望んでいるか、学生が望んでいるものを大学が用意し提供するという、いわばサービス業です。出版でも同じことがいえるのではないでしょうか。「本を作りましたから、さあ買ってください」、「有名なタレントさんを表紙に使ったから、さあ買いましょう」といったことでは、終わってしまうと思うんです。
杉本隆さん:
はい。今、メディアというものの旧来の考え方が崩壊しかかっていることは間違いないと思います。英語を使って何をする、発信していくということでいえば、学生にとって、発信源となるチャンスが増えてきていると思います。つまり、プレスルームになりうるし、そこからコンセプトを固めれば学生がメディアになれるのです。もし自分が今学生なら、そういう発信の仕方をすると思います。
鈴木佑治先生:
学生が学生時代に、自分の将来の職業の道筋を作ってしまうわけですね。
杉本隆さん:
はい、それもありますね。東北のことを伝えようといった学生のNPOは現在たくさんありますが、それをメディアとして考えているところは少ないですね。バランスは難しいのですが、きちんとかたちとして英語で発信する体制ができれば、かなり強い発信者となりえます。大学には昔から大学新聞などの学内誌というものがあると思いますが、今後は英語を用いてきちんと組織化して発信していった方が、良いと思います。
鈴木佑治先生:
学生も含め若い人は、職業というものはすでにそこにあるものだと思っているかもしれません。でもこれからは、職業や業種は自分たちで作っていくものだと思います。この20年でコンピューターがベースになってきています。そして、今では当たり前になったコンピューターでショッピングも、たどってみれば、当時の学生が考え出したことなんです。
杉本隆さん:
そうなんですか。ツイッターなどもそうですが、一番頭の柔軟な時期で、なお且つ『そんなことが商売になるのか?』といったことをトライアルで始めるのには、一番いい年齢なんですよね。発信型で何をするか、人を集めた場合の発信はどういったものなのか、といったことをどんどん試してみるべきだと思うんです。そのバイタリティーがあるわけですから。
鈴木佑治先生:
そうなんです。それこそが学生の特権です、インフラもすでに揃っているわけですし。
杉本隆さん:
ポイントが必要だと思うのですが、出版でいうと、編集長のようなトップのコンセプトが大事になってきます。どういう選考基準で情報を発信していくのか。もしそれが求めきれないのであれば、情報のカテゴライズが重要だと思います。
鈴木佑治先生:
なるほど。今後「出版業界に必要な英語」という本を是非お願いしたいですね。
杉本隆さん:
言語学習において、もう紙のシェアは低いので難しいのですが。もし英語を学ばない人に唯一吉報があるとしたら、あと10数年したら、かなり優秀な翻訳機が出現する可能性が高いと思います。しかしその場合は、相手との生身の会話はできません。
鈴木佑治先生:
そうですね、そうなると本来の英語が楽しめないですね。

それでは、最後にTOEFLメールマガジンの読者の方へのメッセージをお願いします。

杉本隆さん:
はい。日本国内で英語を勉強するだけでなく、やはり海外に出て体験することが必要だと思います。社会をみる方法として、オンライン上だけではわかりえないことがたくさんあります。ですから英語圏ではなくても、共通言語として英語が使える国に行って、英語を話してみることを試してほしいです。
鈴木佑治先生:
今までは、ネイティブと話さないと英語で話したことにならないんじゃないと思われていましたが、これは間違いだと思うんです。いろんな国の人と英語を話す、そしてその過程で現地の言語文化や慣習にも関心を持って学んでいく、それこそが本当のマルチリンガルだと思います。また、そうすることで英語発信力のアップにつながり、将来役に立つと思います。
杉本隆さん:
そうですね。ドイツ人は、最短3か月で英語がしゃべれてしまいます。イスタンブールでは、マルチリンガルは当たり前といった人たちが揃っています。母国語が英語ではない国際都市に行って、どれだけ英語が普及しているのかを自分で体験してみるべきだと思います。これからは多言語の状況のなかでの英語の立場を理解できることも必要なのではないでしょうか。
鈴木佑治先生:
今回はたくさん有益なお話を聞けました。ありがとうございました。

キンドル(*)
Amazon.comが販売する電子書籍リーダー、ならびに、コンテンツ配信をはじめとする各種サービスのこと

鈴木佑治先生の感想

この夏、東京で漫画やアニメの博覧会があり、世界中から漫画やアニメの愛好家が多数集まりました。「漫画ばかり読んでないで勉強しろ!」などと言われながら、漫画を読み漁った小学生の頃を思い出します。当時は歴史に関する漫画がたくさん出回り、私などは、漫画を通して歴史が好きになりました。今では、児童のみならず大人が読んでも楽しめるものから、相対性理論のような抽象的な理論を分かりやすく教えてくれるものまであり、漫画ジャンルの多様性に驚きます。杉本氏は、日本の誇るべき漫画というメディアの最前線で、その将来を担うグローバル戦略の指揮を取られています。紙メディア対デジタルメディア、グルーバル英語対それぞれの文化の母語、ストーリーの普遍性対文化固有性など、漫画をめぐる二項対立的諸問題に対峙しながら積み重ねてきた杉本氏の体験談は、興味深く新鮮です。

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