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TOEFL Mail Magazine Vol.42
 

e-Language in Action
第6回:アメリカの参加校 Classical High School からの報告
 
慶應義塾大学環境情報学部教授 兼 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科委員 鈴木佑治先生

鈴木 佑治
慶應義塾大学環境情報学部教授 兼 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科委員

 
 報告
プロビデンス市立Classical High School教諭 森村 三樹子先生
森村 三樹子
米国ロードアイランド州
プロビデンス市立Classical High School教諭
 
 2005年の3月、私たちプロジェクトチームは、カリフォルニア州サンフランシスコのある有名な公立小学校を訪問しました。サンフランシスコ空港の近くにはシリコンバレーがあり、さぞかしハイテク化が進んでいるものと思っていたところ現場を見て驚きました。モデル小学校でありながらIT設備は整っておらず、数少ないコンピュータもインターネットにつながっていませんでした。クリントン政権下の1995年ごろ「情報ハイウエー」の掛け声の下で始めたIT化は、それに見合うコンテンツが育たず途中で頓挫してしまったのでしょう。今回報告していただく森村三樹子先生は「メディアルームには古ぼけたコンピュータが埃を被ったまま雑然と眠っていました」と述べていますが、そのことを象徴的に物語っているのではないでしょうか。森村先生はそうした悲惨なインフラ状況にめげることなく、最初は文通やビデオ交換などで文化交流をしながら内容を育て徐々にIT化を進めていきました。森村先生の報告を聞いてみましょう。

 森村 三樹子 氏の報告

 私はプロビデンス市にあるClassical High Schoolで日本語を教えています。現在、日本の中学校や高等学校と交流活動をしていますが、そのきっかけは、バーモンド州にあるMiddlebury College において"WRITING TO MAKE A DIFFERENCE"という大学院のコースを履修したことでした。アメリカの教育現場では生徒の識字率の低下が問題になっており、このコースを受講していた英語担当の教師たちの間で都市部の低所得層の家庭の子供達の英語力をいかに向上させるかをめぐり活発な意見が交換されました。そのうちの一人が、「学び」の場を教室からコミュニティーに開放し作文を通して他校の生徒と交流させるというプログラムを紹介しました。このアイディアは日本語のクラスにも適応できると考え日本の交流校を探していたところ、鈴木佑治研究室と共同研究をしている中学校と高等学校の英語の先生方とコンタクトを持つ事ができました。
 Classical High School は、 ボストンから車で約1時間南に下ったところにあるロードアイランド州プロビデンス市の公立の高等学校です。「人種のるつぼ」そのものを反映し、総数約1200人に及ぶ生徒の家庭環境は様々で、アメリカ在住15年以上になる私でさえ毎日が新しい発見の連続です。そんな生徒たちに「日本語と日本文化」を教えていますが、教室からそのまま日本に向けて発信し、日本の生徒たちと直接交流し互いの文化と言語を交換する「学び」の場を作りました。生徒たちの活気ある顔は日頃の忙しさを忘れさせてくれてとても励みになります。
 e-learningとは言っても当初はインフラが無く、名ばかりで絶望的でした。メディアルームには古ぼけたコンピュータが埃を被ったまま雑然と眠っていました。それで最初の交流は手書きの文通から始めざるをえませんでした。日本語を習い始めて2年目の生徒を集め、自己紹介、趣味、毎日の生活の様子などを書き、神奈川県立七里ケ浜高校と藤沢市立村岡中学の生徒たちに送り交流しました。
 いつもなら教室の後ろの席でおとなしく座っているだけの生徒が、自分の写真を手紙に貼付けて一生懸命自己PRをしました。交流活動をすることに意欲が湧き、生徒たちの世界が広がっていきました。学校と家と近隣だけを自分の世界としていた生徒たちが、テレビで見るアニメを通して以外知りえなかったまだ見ぬ遠い日本と直接交流しお互いを知りあうようになれたのです。日本から返事が届いた時は、教室中が興奮の渦につつまれ大変でした。プリクラ付きのディズニーの便箋、くずした読みにくいひらがな等々、みな初めて見るものばかりです。特にたどたどしい英語で書かれたレターを見て、自分たちにとって日本語が難しいのと同様に日本人にとって英語は難しいことが分かり、日本の友達が苦労して英語の勉強をしている事を想像し親近感が生まれたのでしょう。
 次に手がけたのがビデオ・レターの交換でした。グループ活動として、プロビデンスの町並みと学校紹介を企画しました。校長先生に日本語でインタビューしたり、クラブ紹介をしたり、プロビデンスのショッピングセンターまで、週末の時間をさいて生徒たちだけで撮影し、日本語でナレーションをつけました。生徒たちはこのような「学び」の活動が大好きです。日本から送られたビデオでは、ミニスカートの制服に、だぶだぶソックス姿の日本の高校生たちが、電車通学をしている様子など彼らにとってはみな新鮮で物珍しく驚きです。交流相手の友達が作成してくれたビデオであったからこそ身近で迫力があり強いインパクトを感じたようです。
 そうこうしているうちにオンライン活動が始まりました。慶應義塾大学SFCの鈴木佑治研究室の谷内正裕さんを中心に大学院生や学部の学生さんたちが制作してくれたメッセージボードのサイトを利用し、レベル3と4の生徒を対象に身の周りの事柄を題材にメッセージを書き合い交換しました。そうしているうちにビデオ会議をして直接話そうという声が上がり、何度か実験を重ねなんとかビデオ会議ができるところまでこぎつけることができました。
 日本と東海岸では14時間の時差がありますから、有志の生徒は放課後一時帰宅し午後7時に設備が整ったプロビデンス市教育委員会の建物に集合し実施しました。時を同じくして日本では七里ケ浜高校の生徒さんたちが朝1時間早く登校しコンピュータ室に集まりました。ビデオ会議が始まるや否やFACE TO FACEで感動的な出会いを経験する事ができました。それまでの交流経過がありますから、顔を見たときは、「あ、ジョーン!!ハーイ!!元気ぃ〜?」。時間が経つのを忘れて、ビデオカメラに見入って交流しました。多少機器操作のトラブルはありましたが、カメラを通して別れがたい出会いとなりました。
 次のメッセージはClassical High Schoolを2年前に卒業しニューヨーク州立大学に進学し、日本語の勉強を続けている同大学2年生のショーン君が、その時の思い出を綴ったものです。

「ぼくの日本語のクラスは しちりがはまのクラスと話ました。手紙を送りました。 ビデオを送りました。 Video Conference もしました。楽しい時でした。 新しい友達に会いました。その時、会話は ちょっと むずかしいです。でも、いいれんしゅうでした。 そして、外国学生と話すのが おもしろいです。」

"The overall experience was great. Our whole class was involved. The funniest part was us trying to speak Japanese, and then hear them speaking English... and laughing when we didn't make any sense to each other. Each of us made videos of customs, classes, activities, and events of our schools and sent it to the other. They were impressed with our school, as we were with theirs."

「今も、まだ しちりがはまの高校卒業生と話します。」

"It was a successful program, and it would delight me to see it used again in the future."

 2005年のこの夏、私は交流先の藤沢市立村岡中学を訪問し、その足で前回の報告者である東先生と一緒に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスを訪れ、鈴木先生、長谷部先生、研究室TAの山中さんに初めてお目にかかりました。そして、この発信型教育のネットワークが、世界各国の様々な年齢層の子供達に影響を与えている事を伺い大変嬉しく思いました。この発信型教育の一端の担い手として、世界の将来を担う生徒たちが「学び」の場の大切さを体験できるよう努力したいと思います。 このような活動を通して"WRITING TO MAKE A DIFFERENCE"という命題が、生徒達の心になんらかの変化をもたらす事ができるものと確信します。
 今秋もすでに村岡中学の生徒さん達と、また新たに鈴木先生の紹介により、広島城北高校の生徒さん達との交流を始めています。ビデオ会議を目標に頑張りたいと思っています。


 アメリカの都市部の低所得層は多くの問題を抱えており、その師弟が通う公立の初等、中等学校はそれらの問題をそのまま反映しています。自分たちの文化に自信が持てず、取るに足らないものと思ってしまいがちです。しかしClassical High Schoolの生徒のように自分たちのコミュニティーを外国に伝えてみると、それがいかに魅力的で価値あるものかが分かります。また、自分たちの表現力の豊かさを改めて確信するようになります。私も森村先生の生徒が作成したビデオを見ましたが、力作ぞろいです。テクノロジーだけでは内容は育ちません。内容があって初めてテクノロジーは活きます。教室から地域コミュニティーに、そしてそのコミュニティーを世界にまで広げた森村先生の努力はこれからも続きます。
 尚、森村先生の報告に出てくる神奈川県立七里ケ浜高校について簡単に説明します。1980年代に私は慶應義塾大学文学部英文学学科のゼミナールを代講したことがあります。4年ほど前にその時の教え子の一人である本庄明美さんが七里ケ浜高校に英語の教諭として赴任し私の研究室を訪ねてきました。この連載で説明している活動の一部を見せたところ七里ケ浜高校でも実施してみたいとの意向を述べたことから、私の研究室の学生がそちらに赴いて始めました。それが森村先生の活動と合同することになりました。くもの糸のように細いヒューマン・ネットワークがこのような活動を生むネットワークに変わります。人と人の繋がりが基盤にあってはじめて実現することを実感します。
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