TOEFL Mail Magazine Vol.63
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SELHi校の試行錯誤



それぞれのSELHi指定校は特色のある研究課題を設定しています。目標とする生徒の英語力は「読む・聞く・話す・書く」という4技能を駆使して自分の考えを発信できる力です。これはまさに北米大学が留学生の入学要件として期待している力であり、インターネット版TOEFLテスト(TOEFL iBT)はこの要望に応えるために開発されました。そのため、日本の英語教育とTOEFLテストの方向性は同じであると考えます。
本シリーズでは、指定を終了した学校にその学校ならではの成果に焦点を絞りそのエッセンスを報告していただくことを予定しています。高等学校のみならず、中学校・大学、更には小学校の教員の皆様にとっても有益な情報源となるものと期待します。同僚の先生方とも情報を共有し、皆様の授業改革の一助となれば幸いです。

今回は、「誰もがその場の自分の言葉で平和のメッセージを発信できる。そういう能力を確実に育成する教育プログラム」に果敢に取り組まれた広島市立舟入高等学校の、西巌弘先生にご寄稿を頂きました。


SELHiは英語で議論 −思いついたらどんどん話そう−
広島市立舟入高等学校の英語教育改革
広島市立舟入高等学校 外国語(英語)科教諭  西巌弘
西 巌弘(にし いつひろ)先生 プロフィール
西 巌弘(にし いつひろ)先生広島市出身
広島大学学校教育学部小学校教員養成課程卒業
広島大学大学院教育学研究科実験心理学専攻博士課程後期取得。
広島市立沼田高等学校教諭を経て、広島市立舟入高等学校に勤務。
平成16年4月から平成19年3月まで、SELHi研究主任を務める。
2007年3月「『英語が使える日本人』育成のためのフォーラム2007」における模擬授業で高い評価を得る。
著書に、『改訂新版 社会心理学用語辞典』小川一夫監修北大路書房(共著)、「教師のための教育実践心理学」西山啓編ナカニシヤ出版(共著)ほか、英語教育や心理学の研究論文。 また、積極的に実践報告、出張授業などを行っている。

1. 「トマト」対「人間」の議論を支えたもの 
  −スピーキングの流暢さがもたらした「自信」と「やる気」−
 「人間は恋をしたりできるけどトマトはただ育つだけでしょ」「いやいやトマトだって恋をするのよ」と英語でまくし立てる、屁理屈にすら思える議論。一分間に100〜150語の速さで英語を話す。『英語T』の授業の中で、一年生が行ったトーキング・マッチである。生徒たちがそれぞれ「トマト」と「人間」に分かれて議論する。「生命の持つ限りない成長の可能性」について書かれた題材を読み、その理解を深めるため、さらに人間だけが持つ力、「自らの意志で自分自身を向上させる力」に気づかせるために仕組んだ議論活動である。
『英語が使える日本人』育成のためのフォーラム2007」における「SELHi模擬授業」の授業風景
【写真:「『英語が使える日本人』育成のためのフォーラム2007」における「SELHi模擬授業」の授業風景】

  このような活動を含む「SELHi模擬授業」は、平成19年3月3日、東京ビッグサイトでの「『英語が使える日本人』育成のためのフォーラム2007」の中で行われた。本校国際コミュニケーションコース(以下、「国際コース」と示す)の一年生40名が、約1000人の参観の方々の前で、緊張しながらも50分間、これまでの学習とトレーニングの成果を発揮してくれた。
 このとき私たちは、SELHiの取組をスタートさせた時点では、イメージすらできなかった生徒たちの成長ぶりに驚き、その堂々とした英語での発話や議論を支える「自信」と「やる気」を育ててきたこれまでの試行錯誤の道のりを思い返しつつ、このような貴重な機会を与えていただいたことに深く感謝した。

2. 生徒の悔し涙から出発したSELHi 
  −生徒の期待と実際の教育内容との間に存在したギャップ−
 「『舟入の国際』を出たら、ペラペラになれると思っとったのに・・・」という一言。卒業式のあと、「高校生活はとても楽しかった」という別れの挨拶のため英語教官室を訪れた国際コースの生徒たちがふと漏らした言葉。今から五年も前のこと。
 国際平和都市である広島市の舟入高校国際コースに入学し、「平和のメッセージ」を自らの言葉で世界に広げたいという強い希望を胸に抱いて高校生活を送ってきた生徒たち。その責任感と行動力は、例えば、授業で「児童労働」や「対人地雷」についての英文を読めば、すぐさま市役所などに駆け込んで、「この状況を変えるにはどうすればよいですか」「私たちにできることはないのですか」などと、職員の方に相談を持ちかけたほどである。
 実際、このようなcontroversialな問題を本質的に理解し、その解決のために係わろうという積極的な態度は、どの地域、どの学校の生徒の心の中にも確実に存在する。それを生かす環境や目的が与えられたなら、きっと力強い「責任感」と「行動力」に昇華するはずである。例えば本校では、自分たちは「世界の平和を願う」広島市の高校生であるという使命感が彼らに大きなエネルギーを与え続けている。
 しかし、その生徒たちが「思ったこと、考えていることを英語で話せない」と感じていたという現実。SELHiを開始する前年の公開授業では、オーストラリアからの留学生にディベートで対抗した女子生徒が、簡単に言い返せると思った言葉が英語で発せられず、思わず泣き出してしまうという場面さえあった。英語が「即興」では話せないのだ。
 どうにかして話せるようにさせてやりたい。誰もがその場の自分の言葉で平和のメッセージを発信できる。そういう能力を確実に育成する教育プログラムにならないものか。ちょうどそのころ教育委員会からの打診を受け、この問題意識を申請書に織り込むことで、私たちのSELHiでの取組が始まった。

3. 「話せない」とはどういうことか −現状と原因を追求し、それに対処したアクションリサーチ−
 「研究開発の三年間は本当に短いですよ。このままでは生徒たちに話す力をつけられないまま終わってしまいますよ。」
 SELHi一年目の平成16年9月、文部科学省による実地調査のあと、運営指導委員の青木信之先生(広島市立大学副学長)からお言葉をいただいた。青木先生は研究計画の段階から親身になって私たちに貴重なご示唆を与えてくださっていた。それだけにこのご指摘と私たちへの激励は、その後の研究を推進する大きな原動力となった。
 いったい「話せない」とはどういうことなのか。
 実地調査では、2年生の「スピーチ」と3年生の「トーキング・マッチ」の研究授業を行った。あらかじめハンドアウトを作り、基づいてスピーチをするのなら、堂々と発表できる生徒たちだ。しかし、その場で与えられた課題について英語で語る、あるいは即興で議論するとなると、とたんに黙り込んでしまう。
  もともと本校には、ライティングを中心にして生徒の英語による表現力を高めようとする土壌があった。ライティングで培った表現力をスピーキングや議論に生かして指導しようというのが私たちのSELHiのねらいであった。
 しかし、生徒たちが既に内側に秘めているはずのアイデアをどうやって外側に出させるか、つまり口頭の自己表現へと繋げるか。単純だが決して簡単には突破できない『障壁』、「考えを声に出す」という壁を乗り越えさせることが、私たちがSELHiの残りの期間に取り組んだすべてといっても過言ではない。
 まず、私たちの生徒にとって「話せない」とはいったいどういう状態を指す言葉なのか。この現状と原因を明らかにしなくては解決の糸口は見つからない。仮説すら立たない。そのために私たちは次の2つのことを行った(詳細はSELHi報告書の第一年次に掲載)。

(ア) 現状について 「WSAテスト」(「話す」「書く」の能力指標)の独自開発と実施
(イ) 原因について 「アンケート」用紙に「話せない」「書けない」理由を自由に書かせる

 上記(ア)の「WSAテスト」は、計画書段階から構想していたもので、賛否両論ある身近な問題について議論するためのライティング力とスピーキング力について「流暢さ(WPM)」「正確さ(文法エラー率)」「適切さ(論理的表現力)」の3つの指標から評価する。携帯電話やインターネットなどのcontroversialなトピックについて自分の意見を英語で書き(ライティング15分)、同じトピックについて話す(スピーキング2分、LL教室で一斉に録音)という極めてシンプルなテストである。しかしこのテストで、生徒の英語力についてこれまで見落としてきた多くの点に私たちは気づくことができたのだ。
 とくに「流暢さ」は、1分間の発話語数(WPM)と定義した。またALTのアドバイスで、この流暢さの伸長を最も重視することとした。そもそも「話せない」という生徒が1分間に何語程度話しているのかなど見当も付かなかったのだから。
 上記(イ)の「アンケート」の方は、まさに「生徒たちから学べ」であった。生徒がWSAテストに答えたあと、テストでは思うように書けたか・話せたか、「なぜ思うようにならないか、その『障壁』は何か」を尋ねた。生徒たちが自由に書き綴った『障壁』は次の4つに分けられた。

「意見」 何を話せば(書けば)よいのかわからない
「言語」 言いたいことはあるが英語にならない
「感情」 焦る、緊張する、気恥ずかしい
「慣れ」 日頃から話す(書く)ことをあまりしていない

 スピーキングについて多かったのは、「言語」>「意見」>「慣れ」>「感情」の順であった。はじめ、緊張や気恥ずかしさなどの「感情」が多くあがると思っていたが、それは予想に反していた。しかしどの障壁も決して無視できないものである。「話せない」とは、「言いたいことはあるが英語にならない」ということを中心として、これら4つの障壁を表していると捉え、私たちはそれらを少しずつ取り除いていくことにした。

4. 「英語学習」は「スポーツ」のようなもの −音読・暗誦・即興発話のトレーニング−
「『英語学習』は『スポーツ』のようなもの」とは、どこかで聞いたようなメタファーではある。上述の「障壁」を取り除こうという試行錯誤の中で、私たちはこの考え方に行き着いた。例えば、スポーツでは、基礎的な体力作りは欠かせない。筋力、持久力、瞬発力などのからだづくりは、競技のあらゆる側面で生きてくるすべての基礎・基本といえる。しかし、それにだけ専念していきなり試合に出ても、その競技・種目特有のルール、技術、戦略に通じていない限り、決して満足のいく結果とはならないだろう。そこで、「体力作り」と「公式試合」とを橋渡しする戦略的・戦術的な練習や活動が求められる(図1)。

『スポーツ』における橋渡し練習・活動のイメージ
図1.『スポーツ』における橋渡し練習・活動のイメージ

  この考え方を英語教育にあてはめると、文法訳読、語彙暗記などのいわば「従来の授業」は英語の基礎体力を培う。また多くの先生方の職人の技が蓄積された分野でもある。しかし、ここで培われた基礎体力もまた、実践的なコミュニケーション活動に直接は繋がらない。そもそもコミュニケーションの実践を行わずして、本当の英語力を身につけさせたとはいえないだろう。これらは車の両輪のように相補的であり、その両輪をつなぐ強靱な軸、両輪を橋渡しする応用的な練習・活動が必要であると考えた(図2)。

『英語学習』における橋渡し練習・活動のイメージ
図2.『英語学習』における橋渡し練習・活動のイメージ

  私たちは、その「橋渡しとなる練習・活動」を「トレーニング型学習」と名づけ、その内容を「音読」「暗誦」「即興(発話)」の3つの領域に分けて、英語科の教員が一体となって役割を分担し、毎時間欠かさずに指導しようということになった。そのとき、次のことを取り決めた。

「音読」はリーディング系の科目で指導すること(「英語T」「英語U」「英語理解」など)
「暗誦」はライティング系の科目で指導すること(「総合英語」「異文化理解」など)

「即興」はオーラル系科目で指導すること(「OCT」「英語表現」「コミュニケーション」など)

継続すること(授業では、毎時間必ず5〜10分はトレーニング型学習で声を出させる)
目標を示すこと(具体的なトレーニング内容と数値目標をシラバスに明記して下線を引く)
各自工夫すること(授業者ごとに指導法、評価法を工夫して、教科会で報告しあう)

 このように「音読」「暗誦」「即興」の3領域について全員で指導を行った。ペアワーク、グループワーク、ピア評価、タイムレース・・・。授業者一人一人が、担当する領域についてそれぞれの授業科目で独自の工夫を凝らした。その結果、生徒たちのスピーキング能力(とりわけ流暢さ)は飛躍的に向上した(図3)。
 SELHi研究開発の2年目のことだった(詳細はSELHi報告書の二年次に掲載)。
WSAテストにおけるスピーキングの流暢さの平均値(WPM=1分間の発話語数
図3.WSAテストにおけるスピーキングの流暢さの平均値(WPM=1分間の発話語数)

5. 思いついたらどんどん話そう −「流暢さ」にこだわる即興発話のトレーニング−
 「先生、いきなり80語話せたぁ。すごいと思わんっ?」
 授業が終わるやいなや、教卓に駆けよる一人の生徒。前回まで1分間に話せた語数が40〜50語程度であったのがいきなり80語を超えたらしい。「即興モノログ」のトレーニング型学習で、このような大跳躍が起こったのは彼女だけではなかった。
 そもそも思ったこと、考えたことを流暢に話させてやりたいと願って始めたSELHiである。トレーニングの段階の中でも「音読」「暗誦」の中で培われた基礎的な体力と思考力が「即興発話」へと繋がる。言語力と自己表現力との接点である。
 それを可能にした工夫の一つが「ワードカウンタ」だった。これは、単に数字を1から250まで並べたカードである。例えば、「1分モノログ」でThe season I like the best.というトピックを与えると、生徒はペアでスピーカーとリスナーに別れる。スピーカーが英語でトピックについて1分ないしは2分間話している間、リスナーはその発話語数を数える。そのときワードカウンタがあれば、数字の上に指をおき、スライドさせるだけでおおよその語数を追跡できるのだ。また慣れてくるとリスナーはスピーカーの話の内容に集中しながら語数を数えることもできるようになる。
「即興モノログ」でワードカウンタを使って相手の話を聞きながら発話語数を数えているところ
【写真:「即興モノログ」でワードカウンタを使って相手の話を聞きながら発話語数を数えているところ】
  少なくともこのワードカウンタを使った「ピア評価」によって、即興的な発話の力が毎時間明らかになり、これによって生徒自身も、指導する私たちも、現在どの程度の「スピーキング力」が付いているか、さらにどのような対策・指導が必要か把握しやすくなった。




 さて、「発話の内容(質)については?」というご指摘もあると思う。これについては、学期ごとにWSAテストによる評価を行い、意識を高めている。日々のピア評価という小さなハードルとWSAテストという大きなハードルの二本立てである。
 しかし、「失敗を重ねるごとに成功が近づく」という考え方にもあるように、ある時期「流暢さ」だけに主眼をおき、質にとらわれず、間違いを恐れず、自由に多くの発話経験を重ねさせることも大切ではないか。これは乳幼児からの言語習得の段階にも類似していて、いずれ「量」が「質」を担保する。
 「英語で『流暢に』何かが言えるのだ」という「自信」は、大きな「やる気」へと繋がる。次のステップでは正確さを求め、やがてそれに相応しいロジックやレトリックを生徒たちは自ら求めるようになる。

「知識」レベルから「行動」レベルへ高めること
「数値化」された目標を併せ持つこと
「評価」を頻繁に行うこと

これらが、本校でのトレーニング型学習の実践を通して、私たちが得た「戦術」の要点である。

6. 再び目にした生徒の涙 −SELHiがもたらした「感動」から新しい目標へ−
 「感動しました」という声を上げて泣く生徒たち。「SELHi模擬授業」が終わり、舞台の袖に戻るやいなや、自分たちの努力の成果を出し切ったという気持ちで涙を流す生徒たち。たった一年で最大限の成長を遂げたその努力を思うと、生徒たちが愛おしく、自らも涙が止まらなかった。
 前年度の授業者として応援に駆けつけてくださった大阪府立長野高校の東谷保裕先生から生徒たちに向けられたI am very proud of you! というお言葉でその涙の量は倍になった。実地調査のとき以来、SELHiにご支援をいただいている広島大学の柳瀬陽介先生は、その生徒たちを後ろからそっと温かく見守ってくださっていた。感謝の気持ちでいっぱいである。
 本校でのSELHiは、粛々とした取組の中で、指導法、評価法、研究目的、研究手法、数値化、分析、研究組織、研究体制など、いくつもの越えにくいハードルや壁にぶちあたり、その都度、試行錯誤を繰り返しながら進んできた。「どのようにしたら生徒のためになるだろうか」「英語教育の発展に貢献できるだろうか」と自問自答しながら、課題を一つ一つ乗り越えてきた。その成果を「感動」を持って実感するとともに、新たなより高い英語教育の目標が見えてくる。
 全国では多くの先生方が、英語教師としての本務を高いクオリティーで維持しながら、生徒のため、地域のため、そして国全体のために、ときには私生活を犠牲にしてプラス、プラス、プラスアルファで日々の教育活動に頑張っておられる。SELHiは、そのような「現場の草の根の努力」を活性化させ、さらにステップアップする大きな試みである。現代の日本の英語教育はさまざまな問題・課題に直面している。しかし、SELHiの三年間を思い返すとき、英語教育の「現場」こそが持ち得る「底力」を私は信じて疑わない。

参考文献
広島市立舟入高等学校(2005)『平成16年度(第一年次)SELHi研究開発実施報告書』
広島市立舟入高等学校(2006)『平成17年度(第二年次)SELHi研究開発実施報告書』
広島市立舟入高等学校(2007)『平成18年度(第三年次)SELHi研究開発実施報告書』
西巌弘(2006)「遙かなる発展の途上で―SELHiへの道標―」『研究紀要』第2号(広島市立舟入高等学校  教育研究部)
西巌弘(2007)「話せる生徒をプロデュース―『英語で議論できる効果的な発信能力を育成するためのス  テップアップ・プログラムの研究開発』広島市立舟入高等学校スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・  ハイスクール(SELHi)の軌跡―」『岩手県高等学校教育研究会英語部会報[2007]』(岩手県高等学校  教育研究会英語部会)

 

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