SELHiとは、Super English Language High Schoolの略で、英語教育の先進事例となるような学 校づくりを推進するため、文部科学省に指定された高等学校のことです。SELHiに指定された学 校では、英語教育を重点的に行うだけでなく、大学や中学校等との効果的な連携方策等につい ての実践研究を実施します。また、研究目的・手法・成果の普及のため、公開授業や成果報告会 の開催や、ホームページ上での情報提供を行うことになっています。
それぞれのSELHi指定校は特色のある研究課題を設定しています。目標とする生徒の英語力は「読む・聞く・話す・書く」という4技能を駆使して自分の考えを発信できる力です。これはまさに北米の大学が留学生の入学要件として期待している力であり、インターネット版TOEFLテスト(TOEFL iBT)はこの要望に応えるために開発されました。そのため、日本の英語教育とTOEFLテストの方向性は同じであると考えます。
本シリーズでは、指定を終了した学校にその学校ならではの成果に焦点を絞りそのエッセンスを報告していただくことを予定しています。高等学校のみならず、中学校・大学、更には小学校の教員の皆様にとっても有益な情報源となるものと期待します。同僚の先生方とも情報を共有し、皆様の授業改革の一助となれば幸いです。
今回は2期6年にわたり目標とするテーマを追求しつつ「大学受験を経験しない生徒たちの学習動機と英語運用能力を高める」改善に取り組まれた、立命館宇治中学・高等学校
中原有美乃先生にご寄稿を頂きました。
立命館宇治中学・高等学校 中原有美乃
中原有美乃(なかはら ゆみの)先生プロフィール
同志社大学文学部英文学科卒業
ボストン大学大学院教育学部TESOL修士号取得
立命館宇治中学・高等学校に勤務して14年目。
外国語科副主任(2000年度~2002年度)
外国語科主任(2003年度~2008年度)として、立命館宇治高校の2002年度~2007年度SELHi研究に携わる
立命館宇治高校は立命館大学の附属校のひとつで、ほぼ全生徒が内部推薦制度を経て立命館大学へ進学します。そのため、比較的自由な教育展開が可能となり、生徒たちは小論文・ディベート・模擬裁判・スピーチ・プレゼンテーションなど、大学進学後を見据えた学習内容に取り組み、さまざまな自主活動に積極的に取り組んでいます。その一方、受験という明確な目標を持たない生徒たちの学習意欲をいかに高めるかということが開校当初からの大きな課題でした。そこで、国際化を学校の教育の柱とし、その基本となる外国語運用能力の伸長を目指し、2000年度には英語科を中心に学校全体で次の7つの取り組みが始まりました。
その取り組みを検証し、さらに進める過程の中で2002年度のSELHiの申請がありました。
2002年度の第1期SELHiでは、『国際社会を担うにふさわしい学力と高い英語運用能力を形成する総合的教育方法の研究』というテーマに取り組み、前述の7つの項目を研究課題として設定しました。最初の2年間はSELHiの重圧に苦しむというよりは、予算がついたことにより、研修に参加する機会が増える、見学者が増えることにより授業が活性化するなど、良い面ばかりが目立っていました。英語科では毎年宿泊合宿を行い、ネイティブ教員、日本人教員のほぼ全員が参加し、教材の研究・1年の総括・次年度シラバスづくりなどを行いました。ところが、3年目の2004年9月に行われた協議会で、評価委員の先生から「『…をやってきました。』『…という結果がでました。』という報告ではなく、どのような仮説を立て、どのような指導を行い、生徒がその指導によって生徒はどのように変わったのか、どのような成果が出たのか、またその成果をどのように広く全国に発表・普及できるものかを含めて研究報告を行ってください。」と厳しい指導を受けました。その瞬間、それまでの楽観的なムードは吹き飛びました。生徒の英語学習動機の高まりを実感し、TOEFL・ITP平均スコアも年々高まっていたのですが、その成果を具体的な数値で表すための詳細なデータを取ってこなかったのです。そして、9月からは、アンケートの実施と分析、外部テストの結果の再分析、生徒の作品の収集と分析などに追われる毎日となりました。年末からは、次年度の講座分けや時間割作成作業をしながら、3年目と3年間の報告書をまとめることとなり、眠れない日々が続きました。
第1期SELHiの3年間は、イマージョン教育とネイティブ英語教員の積極的な活用により、海外ESLに近い英語教育環境整備を進めました。そして、アンケートや試験の結果から、大学受験を経験しない生徒たちの学習動機と英語運用能力を高めることに成功したことを実感しました。しかし、具体的な生徒の変化を数値として表すことの難しさを実感しました。イマージョンプログラム生のTOEFL・ITPのスコア平均は、1年次に383点だったものが、3年次には512.9点に達しましたが、具体的にどの教材や活動がどのように効果があったのか、どの指導方法により、どのような変化があったのかなど、その成果について具体的に数値で示すことが課題として残ったのです。普通コースについては、「立命館宇治に入学したら、ネイティブ英語教員の授業を受け、英語は使えて当たり前」というイメージを定着させ、英語教育への生徒の評価も高まりました。TOEFL・ITPの3年生全体のスコア平均は440.3点と当時過去最高となりました。リスニング力が最も伸び、聞き取りは弱いという日本人特有とされる弱点は克服できたと感じました。しかし、こちらも具体的な指導内容とその効果をデータ化することは非常に困難でした。また、文法・構文理解やリーディング力をどのように伸ばすかが課題として残りました。
第2期のSELHiへの応募期限が迫り、教科会で申請するかどうかを話し合いました。反対する声も多かった中で研究を続けるという決断を行ったのは、生徒の英語運用能力をさらに高めるために、自分たちで明確な目標を立てて、もう一度教科全体で協力をしながら英語教育を見直し、そのための取り組みを公開し、評価をもとめていきたいという思いからでした。そして、第2期は『英語型高等学校教育に対応する運用能力を形成する英語教育方法の研究』という研究開発テーマを設定し、以下の3つの課題を設定しました。
この中で心がけていたのは、豊かな言語材料の提供・技能ごとの効果的指導法の研究でした。そして、日本人教員がインプットにあたるリーディングと文法指導を中心となって行い、ネイティブ英語教員がアウトプットにあたるライティングとスピーキングを担当するという指導役割分担も行いました。
今回のSELHiも多様な学力を持つ大きな集団を抱える中で、全校生徒を対象としたため、精緻なデータを取りその効果を示すことに困難を抱えました。そのため、英語科の教員全員をworking groupsに分け、課題発掘とフォーマットの作成を進めました。そして、コミュニケーションのための英文法指導法と教材の開発・表現語彙と認知語彙の選定による語彙集作成・読解教材の蓄積と開発・英文構成力強化のためのライティング指導法の開発・到達度を明確にした評価法の開発(資料参照)などを行いました。生徒の英語運用能力の変化をTOEFL・ITPのスコアで見ると、イマージョン・プログラムを受けたSEL(Super English Language)コース生は3年生の最高スコア平均が538.3点、全体は460.4点と最初の3年間を上回る結果となりました。セクション毎の最高スコア平均を見ても、リスニングが47.61点、文法・構文が 47.45点、リーディングが 47.27点となり、リスニング・リーディングが文法・構文と同じ水準に到達していることがわかりました。また、GTECにおいて、全集団でライティングのスコアが高くなり、ネイティブ教員によるライティング指導の効果を確認できました。3年間にわたり、週に2ページのJournal Writingを課し、センテンスレベルからエッセイライティングまで、アカデミック・ライティングの基礎訓練を大量に行うことによって、コミュニケーション能力を大きく伸ばすことができたと考えられます。
課題としては、生徒の発話や作文の中に単文が多い、文法・構文のエラーが減らないことがあげられます。また、スキルを分けてしまったことによりインプットとアウトプットの題材や内容がずれてしまい、定着につながらないなどの問題も起こりました。この結果を踏まえ、2008年度からはinputからoutputまで、intensiveな指導は日本人教員が中心に、extensiveな指導はネイティブ英語教員が中心に行うという方向へシフトさせています。
学習者の様々な能力を観察した上で、目標を明確にしてシラバス・教材やワークシートを作成し、授業内活動を工夫し、その効果を検証し、改善に生かすというプロセスは、SELHiがあったから進んできたと思います。また、授業改善のために、授業見学や公開授業を全校的な取り組みとして頻繁に行うようになりました。SELHiの運営指導委員や文部科学省による視察、全国の学校や英語教育機関からの見学など、学内や学外の見学者を迎えることは、生徒も教員も成果を発表する機会となり、授業の活性化につながりました。英語科の教員が研修費を使って他のSELHi校の発表や英語の研究会に積極的に参加し、教科会でその内容を交流できたことも大きな財産となりました。研究協議会の準備や報告書の作成に追われ、睡眠時間を削る日々も続きましたが、英語教員として非常に恵まれた6年間だったと思います。
もちろん、SELHiの6年間を経た現在も英語科は多くの課題を抱えています。帰国生・スポーツ推薦生をはじめ、様々な入試を経て入学する多様な生徒の多様なニーズにどのように応える英語教育を展開するか、卒業までにどのような力をつけるか、大学入試という明確な目標を持たない中で、どのように興味を喚起し、運用能力を伸ばす授業を展開できるかを模索しています。ネイティブ教員と日本人教員のより有効なコラボレーションをさらに追求していく必要もあります。中高6年間一貫のシラバスの作成なども進めている途中です。しかし今後は6年間にわたるSELHiの資料・データ収集や成果の分析や研修の蓄積を生かし、更なる英語教育の改善を進めていきたいと思っています。立命館宇治として中高6年間の英語教育モデルを完成させ、その際には公開し、その成果を検証していただきたいとも思います。また、イマージョン教育をさらに発展させ、国際バカロレアのディプロマプログラムに対応するカリキュラム作りも進んでいます。