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様々な世代の人々が様々な場で、生涯を通して何らかの形で英語にかかわって仕事をしています。英語は人それぞれ、その場その場で違います。このシリーズでは、英語を使って活躍する方にお話を聞き、その人の生活にどう英語が根付いているかを皆さんにご紹介し、英語の魅力、生涯にわたる楽しさをお伝えしていきます。英語はこんなに楽しいもの、英語は一生つきあえるもの。ぜひ英語を好きになってください。

第18回 日本を知り日本を発信するための英語:言語社会学者の鈴木孝夫先生に聞く その2

鈴木 孝夫(すずき たかお)先生 鈴木 孝夫(すずき たかお)先生
慶應義塾大学名誉教授
慶應義塾大学医学部入学後 文学部英文科に移籍し卒業
ミシガン大学及びカナダ・マギル大学に留学
後にイエール大学及びイリノイ大学客員教授
ケンブリッジ大学客員フェロー
日本野鳥の会顧問

鈴木 佑治(聞き手) 聞き手:鈴木 佑治先生
立命館大学生命科学部生命情報学科教授
慶應義塾大学名誉教授

鈴木佑治:前回よりシリーズで慶應義塾大学名誉教授・言語社会学者の鈴木孝夫先生にお話を伺っています。今回は鈴木孝夫先生が多数の著書でも語っていらっしゃる「発信するための英語」について伺います。

日本人の英語・外国語観

鈴木佑治:1970年から80年にかけて『ことばと文化』、『武器としての言葉』、『閉された言語』、『日本語と外国語』、『言葉の社会学』など色々な著書を出版されて、「発信する英語」ということをおっしゃっていますが、今回はこれをテーマにしてお話をお聞かせください。

本鈴木孝夫:英語に限らず、日本人が学んだ古代中国の漢文も、幕末のオランダ語も、明治からの英独仏語も、戦後のアメリカ英語も、非常に大雑把に言えば、全部、外の世界のものをこちらに取り入れて、遅れた日本をどれだけ高めていくか、ということから始まっています。全くの受信であり、輸入であり、目の付け所は日本なんです。日本を良くする、ということのために外国語を学んでいる。例えば英語を学ぶことによってイギリスの悪いところを直してやろうとか、そういうふうには考えないんですね。つまり、相手不在なんです。反対に世界での外国語教育というと、相手をどう説得しようとか、外国とどう付き合うかとか、相手がいるため会話が必要な状況がまずあるんです。ところが千数百年もの間、日本の語学教育になぜ会話が欠けていたかというと、外国人と接触する必要がなくて、向こうの文献だけを輸入して、それを解読して遅れた日本を良くすることが目的だったからなんです。これが発信する必要のある大国となった今でもまだ英語の授業、殊に大学の授業に残っているんです。だから、一度スパッとその流れを断ち切って、世界で一番聞き手の多い言語である英語を使って、我々の意見なり、世界に対する考えを言っていこうというのが「発信する」ということなんですね。今はそれがないから、日本は自動金銭支払機とか、口がしびれた巨人だとか言われる。つまり、日本から大国としてそれに見合った情報の発信がない。その一つの理由は、日本語が国際的に広がっていないからです。英語は世界の60カ国、フランス語が40、スペイン語が30、ロシア語が29というように、自分の国を超えて言語が広がっているのに、我々は怠慢で日本語を広めてこなかったから日本語で発信できない。そこで英語を使っていくしかない。

「発信」を軸に英語教師を評価

鈴木孝夫:ちなみに「発信する」ということについては、現在の英語教師の評価方法にもそれを妨げている原因があるといえます。例えば福沢諭吉の百何年前の著作が14カ国の外国語に翻訳されている。内容が独創的だからです。ところが、その後に続いた先生達は、外国人の著書を翻訳しているだけのことが多い。つまり輸入です。でも私が言いたいのは、今必要なのは日本からオリジナルな情報を発信するということ、言語情報の輸出です。その第1歩として、例えば社会科学、人文科学の先生の業績は、これまでとは反対に、その人の著書が外国語に翻訳されているかどうかで評価すればいいと思うんです。私の本は実は4ヶ国語に翻訳されている。朝鮮語や英語、ドイツ語、フランス語に。そういう日本の先生はまだ少ないですね。現在、文科省が業績として認めているのは外国語の本を日本語に翻訳することで、反対に私の本が外国語に翻訳されたというのは認めてくれないんです。でも英語やドイツ語やフランス語の本を日本語に訳すことは、向こうで知られていることを日本という小さな国に紹介しているだけだけど、私の本が英・独・仏・朝鮮語になるということは、世界のより多くの人たちにその内容が伝わるわけだから人類全体の知識レベルを上げるのに貢献したと言えるんですよ。文科省だけでなく大学の評価基準も「発信する」ことに重点を置いていけば、日本人が物を言わないって言われるのも少しは変わってくるのではないかと思いますよ。

発信というのは、英語ならその英語に”things Japanese”の裏付けをくっつけて、自分の気持ちや学校生活、社会、日本の歴史を英語で言えるようにする、そういうことです。今までの英語の教科書は、アメリカやイギリスの文学や社会のことばかり学んでいて、リンカーンのゲティスバーグ演説は全部上手に言えても、日本の憲法を英語で言えない。こんなことでは日本の国の実情を発信していけるわけがないですからね。

発信する英語

鈴木佑治:具体的に何を発信していったらいいでしょうか。

鈴木孝夫:慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)の外国語教育の理念を考えた際の話でも出ましたが、明治以来の日本の社会を欧米に見劣りをしない同じものにしようという、あちらに合わせる国際化はもういらない。現在の世界情勢を見ると日本はすでに世界の超大国の一つで、輸出大国、ドルの保有も高い。アメリカは超超大国で、その次はEUで次が日本です。ところでEUはどうしてできたか知っていますか。日本が原因なんですよ。ヨーロッパのどの一国もフランスもドイツもイギリスも、日本に敵わなかった。日本にすっかり学ばれて、骨までしゃぶられて、そのおかげで日本は太った。だから日本に対抗するためには、バラバラでなく束にならなくちゃだめだと気付いたんですね。アメリカがあって、日本という予期せざる者が出てきた。その2大国に対抗するためには、小異を捨てて大ヨーロッパにしようというのが一つの大きな目的でした。いまや世界劇場の舞台に主役が3人いる。アメリカ、EU、そして日本。あとの国連加盟国約190カ国はみんな桟敷で主役の演技を見て拍手したり、ブーイングしたり、足鳴らしたりしている。アメリカはアメリカで一生懸命やっている。EUもやっている。では日本はと言うと、主役なのに自分を黒子だと思っている。例えば国連の分担金。日本は常任理事国でもないのにアメリカを除いて、フランスとイギリスとロシアと中国を合わせたよりも多いんですよ。ODAも多い。金はいくらでも出す。でも何も主張しない。だから自動金銭支払機と言われる。ボタンを押すと意見も言わずにバーンと金を出す。必ず何十億ドル、何百億ドルとね。でもそれでは尊敬されません。やはり日本は世界をこう考えています、人類の未来はこうです、環境問題はこうですと主張しなくっちゃ。日本が旗振りになってマニフェストを出さなくっちゃ。そのマニフェストを出すとき、日本が世界に向かって意見を言うためには、英語が必要となってくる。世界で一番聴衆が多い英語で、日本人は今世界に対してマニフェストを出すべきなんですね。フランス革命のマニフェストである自由、平等、博愛のお陰でアメリカは独立した。また壮大な失敗に終わったけれどソ連は70年間共産圏を作った。色んな国は超大国になると、「俺に続け!」「この旗に続け!」と格好いい人類のリーダー、先頭走者だぞと宣言をします。でも日本は何かしょぼくれていて、金はあるけどさまになっていない。そういう日本の客観的な国際的な姿をもっとみんなが認識しなければいけない。

鈴木 孝夫(すずき たかお)先生ではどうしたらいいのか。いくらでもある日本の良さ、それを積極的にアピールするんです。私が日本というこの素晴らしい国を世界に知らせろ、というと大学生が手を挙げて「先生どこが素晴らしいんですか?」と必ず質問するんです。今の教育、戦後の人は日本はだめな国だって教えられてきたということなんですね。日本人に生まれたことは貧乏くじで日本語も捨てたいと、英語やフランス語を話したいと、自らを呪う非常に非生産的な教育。でも日本は他の国から見ると怖いんです。黒子でなくて水の底にいるクロコダイルでね、かつてガバと飛び出してきたんだから、いつまた出てくるかわからない。だから今はもう日本は平和国家です、戦争やめましたこりごりですなんて言ったって、嘘だと思われてしまう。今に日本は原爆を持つだろう、どこかで秘密に作っていると、みんな思ってます。それだけの実績があるし実力もあるわけなんです。だって日本ほど原子爆弾を作る能力があるのに作ってない国って、不気味ですよ。北朝鮮なんて作ってもいないのに作っているように見せるとか、イランもいらん事やっているでしょ(笑)。日本は作れるのに、あっという間に切り替えられるのにしていない。それを隠れてやっているというふうに思われているんです。だから本当にやっていないことを信じてもらうためには、この日本の良さ、本当の姿をどんどん発信していくべきなんです。

例えば私がぜひ紹介したいのが青山墓地。あそこにはキリスト教と仏教と神道とイスラム教のお墓が一緒にある。私はお墓大好きで、イギリスもフランスもフィリピンでもお墓を案内してもらうんですが、いくつかの宗教のお墓が一緒にあるところはどこにも無い。だから、これが日本人の神仏混合や本地垂迹説の分かりやすい形なんですね。日本は2千年の歴史のうち宗教戦争が無いんです。だから異宗教の平和共存の姿を今でも宗教戦争しているような国々にぜひ見てもらいたい。

宗教戦争に限らず日本は外国との戦争がない最長記録の無戦状態の国なんです。これも日本の誇るべき歴史です。日本がやっと国の形をなした600年頃遣隋使で初めて国際交流した。それから豊臣秀吉の朝鮮征伐まで900年間外国と戦争は白村江の戦い一度しかしていない。一方その間ヨーロッパはずっと戦争をしているわけですね。近代になっても中南米を侵略して、皆殺しにしたり、アフリカを植民地にして奴隷狩りをした。外国と殺し合い揉み合う歴史がヘロトドスの時代から今でもまだグルジアにしても北オセチアにしても、どこにでもある。それに比べて日本が外国と戦争したのは建国以来、白村江の戦いの1回と、豊臣秀吉の朝鮮征伐が2回、通算5年。あとは鎖国です。このように建国の600年から1400年経った最近までの日本の歴史の中で戦争したのは明治の日清戦争までわずか4~5年です。その日清戦争後、急に日本は戦争国になりました。上海事変、満州事変、第一次世界大戦、ノモンハン事件、シベリア出兵、盧溝橋事件、第二次世界大戦と、40年ぐらいは戦争に次ぐ戦争をしました。なぜなら、弱肉強食の植民地争奪戦時代に日本が突然鎖国を破られて国際社会に引きずり出されたから。それまで、日本は布団かぶって外国関係ありませんと寝てたのに、そういう生き方は人間として正しくないと欧米に布団をはがされた。起きて外に出てみると回りは全部欧米の植民地。その時世界に真の独立国はヨーロッパ以外に6つしかなかったんです。エチオピアとオスマントルコとアフガニスタンとタイ、そして朝鮮と日本です。現在の国連加盟国193のうち5分の3ぐらいが、かつてはヨーロッパの植民地だった。アフリカは全部が僅か9つのヨーロッパの国の植民地だったんです。そんな時に日本が鎖国を解くと、満州ではロシアがのさばっている。中国ではイギリスとフランスが頑張っている、フィリピンはアメリカが取っていた。当然新興日本と、そこで摩擦が起きるわけです。日本の俺にも分け前をよこせ、という戦争が大東亜戦争です。そんなわけで日本は国際的な争いに開国直後から引きずり出された。でも日本は今言ったように、それまで千数百年、外国と殆ど戦争していないから戦争慣れしていない草食獣なんですよ。周りは全部肉食獣で、切ったはったで噛み付く。日本だけがモーとかメーとか言う草食獣だから、いくら蹄で蹴ったり角で突いても、本来のライオンとかトラとかに敵うはずはない。しかも多勢に無勢で。そんなユニークな歴史が日本の近代にはある。

これからの英語の役割 日本を発信するツールとして

鈴木 佑治(聞き手)鈴木佑治:日本が発信していないために理解されていない色々なことがあると思います。一方で、外国の人たちも日本が何を考えているのかは知りたいんでしょうが、さてはて、私たちとしてはどのように伝えていけばいいんでしょうか。

鈴木孝夫:私は一番いい例がインドだと思うんです。インドの人の英語は言っていることは分かるけど、誰が聞いたって、おかしいというかヘンというか。「アイアムタルティー」とか言われて、あ、そうか、”I’m thirty”は”タルティー”なのかと、分かるけれどもこれで英語かな?と思う。「アイチンク」は、”I think”なんです。でも何とか分かる。私たちの英語もこういう形でいいんじゃないかと思うんですよ。発信のための国際英語は中身が問題で、発音ではないのです。

鈴木佑治:日本人は恐らくちゃんとした英語を話さないと、アメリカ人やイギリス人に悪いと思い込んで、勝手に金縛りになっているのかもしれませんね。私の知るアメリカ人は、話の内容に関心はありますが、英語がどうのこうのとはあまり気にしません。

鈴木孝夫:そのとおり。日本が国をあげてイギリスやアメリカに教えてもらうという時は、先生のご機嫌を損ねないようにことばの優等生である必要があった。ところが今はことばの不良少年でいいんです。他の国はみんなそうやっている。日本だけそれができないのは、外国に対して2千年間優等生であり続けたから。外国から学ぶということを遣隋使から遣唐使、鎖国の時のオランダ、そして明治、大正、戦後と、とうとうとやってきた。日本は優等生として外国文化に対して無駄な抵抗をせず、向こうがこうだって言えば、それに素直に従ってきたから日本は良くなった。

鈴木佑治:そんな歴史的背景の中でどんな英語で発信していけばいいのでしょうか。

鈴木孝夫:簡単に言えば、イギリスやフランスの真似ではなくて、日本人が使うことによってできてくる日本的な英語を日本英語として作って行くべきです。今は日本人の英語はこうだと言う国際的な定評がないでしょう。

鈴木佑治:インド人やアラビア人の英語が市民権を得たように、日本人も発信することで独自の英語を作って行くべきということですね。

鈴木孝夫:そのとおり。もちろんネイティブのような英語を話すのもいいですよ。でもそうじゃなくて日本人ならではの英語でもいい。”Practice makes perfect”という英語の諺があるように、習うことよりも使っていこうということです。例えば日本の商社マンの英語は、数字間違えると何億って損するから必死ですよ。だから発音は二の次。しょっちゅう世界中廻ってるわりにはこれ英語かいな?というのを話してる。だけどね、相手も必死だから通じるんですね。借り物の英語では本音を言えない。

鈴木佑治:とにかく発信していくことによって自分の英語を作り出して、それを相手に認めさせる、ということですね。

鈴木孝夫:そう、認めさせちゃう。「もう、お前の英語はこうなんだから」と周りが笑い、それを受け止めさせる。

鈴木佑治:向こうもわからないと損ですからね。

鈴木孝夫:そう。だからあなたが相手に与えるものが多ければ多いほど、あなたの英語は反比例して下手でいいんです。例えば私の話を10分聞いてわかったら、1億円と言わずとも1千万円でもあげますよって言ったら、相当ひどい英語で「l」と「r」を全部間違えようとも「th」を「s」にしようと単数を複数にしようと、必死になってへとへとになって、聞くほうが努力するでしょう。例えばローマン・ヤーコブソンという世界的に有名な言語学者がいました。ロシアからヨーロッパ経由でアメリカに逃れたユダヤ系の巨星で、チョムスキーら著名な言語学者の先生です。このヤーコブソンを、東大の先生と7人で、ある企業の後援で招待したことがあるんです。彼が台に上がって口開いた途端にロシア語のようなものを話し出したんです。私はロシア語でもドイツ語でもないし、と思ってると、次第に独特の訛のあるその英語に皆慣れてくる。そのうちにだんだんヤーコブソンの英語の壁が無くなってきて分かってくるんです。彼の魅力がそうさせた。聞きたいと思うこちらの気持ちがあるからでしょうね。だからパーティーで自分の周りに人垣ができる。ところが何にも無い人は、完璧ないい英語を話さなければ誰も聞いてくれない。

鈴木佑治:日本は基本的に外国の人たちが聞いてみたくなるような、魅力を持っている国ということですね。

鈴木孝夫:そう。今もっとも大事なことはね、俺って捨てたもんじゃないよっていう日本人の自信なんです。だから卑下しちゃだめ。私が地球を明るくしているっていうくらいの自信を持っていなければ。

鈴木佑治の感想

かつて「NO!と言える日本」という本が話題を呼びました。日本はYESしか言わなかったか、あるいはYES/NOを曖昧にしてきたということでしょうか。鈴木先生はYES/NOの前提となる、WHAT,HOW,WHY,WHEN,WHEREに答えることも射程に入れているものと思われます。「いつ」、「どこで」、「何が」、「どのように」、「なぜ」を説明しYES/NOをはっきりさせるということでしょうか。日本で「何」が起きているのかさえ世界には十分伝わっていません、日本に住む人が日本を発信する必要があることは確かです。福沢諭吉先生のことばに、「文よく武を制す」があります。世界に向けて自由に語るということでしょう。鈴木先生はそれを実践されて来られたのです。

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