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For Lifelong English

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様々な世代の人々が様々な場で、生涯を通して何らかの形で英語にかかわって仕事をしています。英語は人それぞれ、その場その場で違います。このシリーズでは、英語を使って活躍する方にお話を聞き、その人の生活にどう英語が根付いているかを皆さんにご紹介し、英語の魅力、生涯にわたる楽しさをお伝えしていきます。英語はこんなに楽しいもの、英語は一生つきあえるもの。ぜひ英語を好きになってください。

第20回 Lifelong English - 出発点としての幼児英語教育

鈴木 佑治(聞き手) 鈴木 佑治
立命館大学生命科学部生命情報学科教授
慶應義塾大学名誉教授

Lifelong English のlifelongは、この世に生を受けた時点から始まります。次号から幼児に焦点を当て幼児の英語教育に従事している方のインタビューをご紹介します。今回はその前に、その導入としての幼児期について最近私が気が付いたことを述べさせていただきます。

「三つ子の魂百までも」と言われます。幼子は素直で裏表なく喜怒哀楽をそのまま表現します。無邪気に楽しく遊んでいる様は天使のようです。こうしたもともと純真な「三つ子の魂」もこの時期の環境に微妙に左右されます。この時期に体験して感じたことは個性となり生涯なくならない、幼児期は、だから大切なのだということでしょう。 脳神経学の本には、幼児期に脳が肢体の成長に伴い急速に発達していく様子が書かれています。特に、幼児期の言語の発達には目覚しいものがあります。私は、10数年前にあるきっかけから脳神経に関心を持ち、思考の神経学の権威のD. F. Benson博士のThe Neurology of Thinking (1994, Oxford University Press)を読み、脳神経の勉強を始めました。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、感情などの低次の脳機能と、認知、言語、思考などの高次の脳機能が、密にコミュニケーションし合っていることを学びました。

人や動物などの個体間のコミュニケーションの前に、私たちの体の中では、ネットワークのように張り巡らされた中枢神経(central nervous system)と末梢神経(peripheral nervous system)が密にコミュニケーションをしていることが分かります。ここでは詳細を省きますがとても複雑なプロセスです。普段の何気ない行動は、体の中のコミュニケーションの延長であることが分かります。私たちは、赤く燃え上がっている火に手が触れた瞬間に「熱い」と言って手を引っ込めます。目が「赤色」の視覚情報をキャッチして脳の視覚野に送り、手の末梢神経が「熱い」という触覚(痛覚)情報をその情報を処理する感覚野に送り、それらが感覚連合野で総合的に知覚されて「火は赤くて熱い」という複合的なメッセージを作り運動連合野に送ります。

運動連合野は、「手を引っこめろ」というメッセージを手の末梢神経に命じて引っこめさせると同時に、言語野に働きかけ「熱い」という文を作らせ、口をはじめ発声器官を動かして「熱い!」という音を作らせて発話させます。言語と非言語の反応が瞬時に起こるのです。熱さから来る痛覚に対する単純な反応は、本能的で無意識に自律神経だけの反応で起こりますが、ボール遊びなどの複雑な遊びをはじめ言語や文化の習得では、受容する感覚情報とそれに対する反応が非常に多様で複雑であり、繰り返し意識的に反応しながら学習しなければ脳は反応できません。

幼児たちはまったく新しい環境に生まれ、学ばなければならないことだらけです。様々な物事に触れて自分で判断し反応できるよう自然な環境が必要です。私は、ここ何年か幼児の英語番組の監修をしていますが、幼児たちの学習能力に驚いています。もちろん、幼児は千差万別です。英語を話して肢体を動かし反応する子供もいますが、テレビをじっと見るだけの子供もいます。心配になるかもしれませんが心配いりません。こうした子供は目や耳から受容する視覚と聴覚の情報を注意深く分類し、それがどのような意味を持っているのか深く考えているのです。要は、考えることを学習しているのです。逆に、すぐ反応できたとしても、そう反応するよう訓練されているだけでしたら、考えずに条件反射することを学習しただけです。

ここ10数年、脳神経学会で脚光を帯びている仮説を紹介します。従来、理性は高次機能で自立しており、感情は理性とは関係ない低次の機能であるという考え方が主流でした。感情的にではなく冷静に話すことが理性的であるかのような見方が主流でした。感情は理性の対極にあるものと考えがちでした。南カリフォルニア大学のAntonio Damasio博士は、「感情は理性の基盤である」ことを証明する症例を紹介しています。理性とは健全な意思決定に現れるというのが博士の仮説です。詳細は Descartes’ Error : Emotion, Reason, and the Human Brain (1994 G.P. Putnam’s sons) を読んでみてください。

一症例を紹介しましょう。彼の患者の1人は、前頭野の高次の感情を処理する部位に障害を受けました。その後、彼は、健常者より高い知能を持っていながら、健全な意思決定が出来ず社会人として破綻してしまいました。元は有能な管理職で良き家庭人であったのに、今では、仕事を失っても無表情で冷徹である。何とかしようという意思はなく、周りを更に不幸に陥れてしまう意思決定を平然としてしまいます。この患者は、一見すると理性的ですが、感情が欠如しているために、健全な意思決定が出来ず合理的な判断が出来ません。すなわち、Damasioのいう感情を基盤とした理性に欠けるのです。この患者の行動障害は感情障害が原因であり、感情が理性の基盤であるとDamasioは訴えます。教育に携わるものとして考えさせられる研究です。

こうしてみますと、幼児期にいろいろな体験をして情緒性を豊かにすることはとても大切なことではないでしょうか。体を存分に動かしながら物事を判断し行動して、豊かな感情を持つ子供に育てる環境が必要であると思います。そうした中で無理なく言語も習得するとよいでしょう。幼児期に英語を習うことには賛否両論があるようですが、子供が違った世界と言語に目を向けることはよいことであると思っています。但し、子供にとって自然で楽しいものでなければなりません。最近、英語だけで物事を覚えさせようとする幼稚園や小学校があると聞きますが、社会言語学的には不自然で賛成できません。英語しか話さないコミュニティーなど現在のアメリカ合衆国でも探すのは難しいでしょう。ましてや、日本で英語だけで生活するという発想は人為的で自然とはいえません。それでは情緒豊かな環境とは言えないのではないでしょうか。

最近、幼児期の教育を根底から考えて、子供たちに無理なく自由に物事を体験させ、その中から自立心を養おうとする幼稚園が出てきました。次回から、岐阜県大垣市で2009年4月に開園したキートスガーデン幼稚園の平野宏司園長に登場していただき、この幼稚園の理念と実践を踏まえてそこでの幼児英語プログラムについて語っていただきます。

キートスガーデン幼稚園

平野宏司(ひらの こうじ)先生
学校法人平野学園 教育企画ディレクター
キートスガーデン(平野学園幼児教育部)園長
大垣文化総合専門学校(IFS)教頭
WWD(Women’s Wear Daily)日本特派記者
1968年3月21日 岐阜県大垣市にて生まれる

学歴:
1986年3月 岐阜県立大垣北高等学校普通科卒業
1986年4月 慶應義塾大学法学部法律学科入学
1990年3月 同校卒業。法学士
1990年9月 米国ニューヨーク州立ファッション工科大学
アドバタイジング&コミュニケーション学科入学
1991年5月 一年コース修了。準学士。
1991年9月 同校ファッションバイイング&マーチャンダイジング学科入学。
1992年5月 年コース修了。準学士。
2003年10月 武蔵野美術大学造形学部通信教育課程修了。
情報免許必要単位取得。
2008年3月 フィンランド国立オウル大学早期子ども教育・保育課程修了

職歴:
1992 年6月 流行通信社入社。WWDジャパン編集部配属。
同年WWD日本特派記者を拝命。現在に至る
1995年3月 同社退社と同時に父の経営する学校法人平野学園に就職。現在に至る。

特筆事項等:

  • 元所属の流行通信社にて日本特派員時を中心に米国業界紙・誌等に寄稿多数
  • ビジネス(特にネットショッピングを含む小売業界)、エンターテインメント(世界的なファッショントレンド含む)に関する記事執筆経験豊富。
  • 「ファッションイラストレーション 基本とコツ」(現発売元・文化出版局)の英訳(1995年)
  • 「Spaces and Projects x100」(文芸春秋社)の英訳(2004年)

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