For Lifelong English
バックナンバーはこちら
様々な世代の人々が様々な場で、生涯を通して何らかの形で英語にかかわって仕事をしています。英語は人それぞれ、その場その場で違います。このシリーズでは、英語を使って活躍する方にお話を聞き、その人の生活にどう英語が根付いているかを皆さんにご紹介し、英語の魅力、生涯にわたる楽しさをお伝えしていきます。英語はこんなに楽しいもの、英語は一生つきあえるもの。ぜひ英語を好きになってください。
第22回 Lifelong English - 出発点としての幼児英語教育 その3
平野宏司(ひらの こうじ)先生
学校法人平野学園 教育企画ディレクター
キートスガーデン(平野学園幼児教育部)園長
大垣文化総合専門学校(IFS)教頭
WWD(Women’s Wear Daily)日本特派記者
鈴木 佑治 先生
立命館大学生命科学部生命情報学科教授
慶應義塾大学名誉教授
平野学園の成り立ち
- 鈴木:
- 今回も引き続きキートスガーデン幼稚園の平野先生に幼児の英語教育についてお話をお伺いしています。まずは今年の4月にオープンした幼稚園の母体である平野学園について教えてください。
- 平野:
- 現在高等学校と専門学校を運営していますが、元は戦争中の昭和19年に、祖母が和洋裁学校を始めました。戦中戦後、手に職をつけたいという女性が多い中でのスタートでしたが、当時の女性は少しでも格好のよいモンペをはきたいと思っていたそうです。祖母は開校後当時には珍しくフランスに行ってファッションの勉強もしてきました。
- 鈴木:
- 岐阜はもともと繊維やアパレルで有名ですし重要な産業ですものね。その大垣市でファッションやアパレル関係の仕事をされていたのですね。
- 平野:
- そうです。当時は日本中北海道、九州、沖縄からこの辺りの工場に勤めて、洋裁を習いたいと、ずいぶんにぎわった町であったようです。
- 鈴木:
- 今もデザイン関係の教育もしていらっしゃるのですか。
- 平野:
- はい。現在はその頃とはまるで様変わりしていますが、高校は生活デザイン科、国際ビジネス科の2科、そして専門学校には洋裁科と情報デザイン科があります。あとは文化センターもあり、これはまさにLifelongで、小さい子どもからご年配の方までが学んでいます。私はそこでは英会話の講師をしています。
- 鈴木:
- 年配の方々は、戦争の影響で勉強できなかった世代ですが、本当に向学心が強いですよね。実際教えられていてどうですか。
- 平野:
- 本当に頭が下がるというくらい勉強熱心です。ただの丸暗記ではなく、楽しみながら学びたいということは常に思っていらっしゃるようです。

今幼稚園をオープンさせるのは
- 鈴木:
- 大垣市で昭和19年以来教育に携わり、今回は幼稚園ということで、どうして幼児教育に関心を持たれたのでしょうか。このコーナーは、"For Lifelong English"と言いますが、実は幼児期というのは今まで欠けていた部分です。まずはどうして幼稚園をオープンしようと思われたのでしょうか。
- 平野:
- なかなか一言では言い表せませんが、自分がこの社会に役立てるとしたら、この幼児教育だと思いました。先ほどお話したように文化センターではおじいちゃんおばあちゃんに、そして高校生にも教えており、ジャーナリストとして様々な報道もしてきましたが、社会がさらに良い方向に変わっていくには、小さい子どもたちが成長していく手助けをするのがいいのではないか、と思いました。幼児教育こそ世の中を新しくしていく、良くしていく基となるのではないかと。そう思っていたところに、一昨年くらい前から、聞くに堪えない事件が増えてきました。今非常に窮屈な社会ですが、世の中が変われば子どもも変わり、子どもが変われば世の中も変わっていきます。仲間と協力して、自立できる、そんな子どもを育てていきたい。そういう考えがありました。まずは何にでも興味を持って取り組むこと、例えば、自分で本を読むとか、またはファーブルのようにじっと虫を見ているとかいうように、やりたいことをやるという子を育てたい。それには初等教育やその前の幼児教育に携わることが一番良いと思いました。
- 鈴木:
- それで実際にフィンランドに行かれたのですね。
- 平野:
- はい。新聞記者時代のクセで、とにかく実際に当たってみようと思いまして。そこで、幼児教育を短期間で学ぶことのできる場所を、今日本が必要としている教育を実践していて注目度も高い北欧のフィンランドにないかと探しました。するとフィンランドのオウル大学がそのような研究をしていたのでアプライし、去年の1月から3月まで留学しました。フィンランドにはまったくツテはなかったのですが、色んな要因が幸いとなりました。まず、フィンランドは、自国民だけでなく外国人に対しても講座を無料で開放しています。つまり、このフィンランド留学の費用は飛行機代だけで済みました。また、フィンランド語と英語の両方ができる国なので、例えばクラスに留学生がいることを確認すると、ぱっと英語に切り替えて授業を進めてくれました。語学についても面白い国でしたね。
- 鈴木:
- 元々北欧語と英語では、言語自体に大きな違いがないからということもありますが、フィンランドという国のおかれた歴史的、地理的状況を見ると、英語を使わざるを得ない状況があるのでしょうね。
- 平野:
- ええ。その自然な雰囲気が衝撃的でしたね。授業内容は、ひとつのコースの中からフィンランドの幼児教育についての研究を選び、現場をたくさん見せてもらいました。フィンランドの教育、特に幼児教育は、フィンランドメソッドというくくりが出来ないくらい柔軟性が高く、シュタイナー、イタリアのモンテッソーリ、アメリカのデューイらが提唱した様々な理論をうまく組み込みながら自国の伝統に合わせていました。そういう柔軟性がひょっとしたら日本での教育にも必要なのではないかと思いました。またフィンランドでは小学校や中学校も見せてもらいました。個性を大事にしながらも、個性だけに終わらず、やはり人間ですから組織の中で動けるような仲間意識を育てます。キートスガーデン幼稚園で私もよく言うのですが、例えば英語の授業だからと言って、みんなを椅子に座らせてという凝り固まった形だけではなく、最初はまず同じ部屋の中にいるだけでよしとする、そういうところから始めていかなければならないと思っています。また、シュタイナーの教育論から言うと、幼児期の英語教育は良くないとされているのですが、子どもが将来幅広い視野を持ち人間形成をしていくためには、これからは幼児期から英語に触れさせる時代になってくるだろうという見込みをもっています。
- 鈴木:
- それも柔軟性ということですね。シュタイナーとはまた時代も環境も変わってきていますからね。今は言語というものが生活の中に入り込んでいますし、幼稚園に英語を導入することも深く考えていかなければいけないと思います。

キートスガーデンの目指すもの
- 鈴木:
- 幼稚園の名称の「キートス」とはどのような意味があるのですか。
- 平野:
- フィンランド語で「ありがとう」という意味です。私たちスタッフの考えでは、ありがとうには2つの意味があります。ひとつは、周りのものや人や自然に対して感謝の気持ちや敬意を持とうということ。もうひとつはそれを伝えること。人間は仲間と行動する以上、「ありがとう」を思い、かつそれを伝えられる幼稚園にしよう、ということでこの名称にしました。
- 鈴木:
- 新しいというよりは昔から日本にもあったことを、あらためて教えられているようです。やはり思うと同時にそれを表現しなければいけない。思っている人はたくさんいても、それを表現する人は少ないですね。
- 平野:
- キートスガーデンの様々な取り組みは、幼稚園の特徴づけとして行っているわけではなく、常に子供の30年後、つまり大人になったときのことを考えた末に選別していったものです。
- 鈴木:
- 取り組みには他にどのようなものがありますか。
- 平野:
- そうですね、まず自分自身の存在への感謝や、それに基づく他の人への敬意や感謝ということで、体育に空手を取り入れています。これは、空手を通じて相手に敬意を持つこと、どんな相手でも礼で始まり礼で終わること、相手をしてくれてありがとうということを、心と体に覚えさせるものです。
- 鈴木:
- これは日本人がもともと持っていた心ですね。
- 平野:
- 我々もフィンランド方式と言いながらも日本を捨て去っているわけではなく、旧来の日本の形式だけだとちょっと窮屈になってきているので、それに柔軟性をもたせています。だから伝統と柔軟性、この2面性を展開出来たらと思っています。あと体育では「バルシュ-レ」という集団でやるスポーツを導入しています。
- 鈴木:
- それはどういったスポーツですか。
- 平野:
- ドイツ語で「バル」がボールで、「シュ-レ」が学校という意味です。これは、地元では岐阜経済大学の高橋正紀先生がハイデルベルク大学に1年間留学されて研究していらしたスポーツです。日本では奈良教育大学が地元の子どもを熱心に誘うなどして、今日本における中心的役割を担っているそうです。バルシューレでは色んな種類のボールを使い、そのボールを投げたり蹴ったり放り上げたりします。スポーツ嫌いになるのは、ボール等が当たって痛かったという辛い経験が原因であることが多いらしいので、当たっても痛くないボールを使っているのが特徴です。ドイツでは幼児期から小学校3年生時までバルシューレを行い、その後例えば「君は蹴るのが得意だからサッカーへ」、「あなたは投げるのが得意だから野球へ」、「君は泳ぎも出来るから水球へ」、というように、運動特性を検証し、その後のアドバイスをするために開発されたスポーツだそうです。
- 鈴木:
- 英語もボールと同じで、英語や日本語という区別からでなく、色んな言葉の音でまず慣れる、という意味で考えると良いですね、柔軟に。
- 平野:
- そうですね。他には食育にも力を入れています。安全性の高い食べ物を与えたいということに加えて、10坪ほどの畑で子どもたちが食べる食材を子どもたちが育てています。子どもたちは協力して栽培し、先日は初めてのジャガイモ収穫をしました。
- 鈴木:
- この頃は、受験戦争で個人で戦うことを教えていますが、社会というのは個人では成り立たなくて、やはり一緒に立ち上がって、協力して物事を進めなければできません。それぞれの個性を生かしながらも、共にひとつの仕事を成し遂げる、そういうことに小さいときからグループで、ほかの人と一緒にやってみようということですね。
- 平野:
- スポーツでも、例えばかけっこが遅い子がいてもそれがその子の個性だという大らかさを子ども達に持ってもらいたいと思っています。もちろん健全な競争というのは社会でも必要だとは思いますけれど。
- 鈴木:
- そこは柔軟性ということでしょう。ある点では勝つかもしれないけれど、ほかのところでは負けるかもしれない。柔軟性というのは、多様性ということですね。
幼稚園での英語教育のこれからの可能性
- 鈴木:
- キートスガーデンでの英語教育はどのようなものですか。
- 平野:
- 現在は週2回で各1時間ほど行っています。身近に外国人がいるという環境をつくる意味もあり、週に1日はネイティブによる授業を入れています。今のところ、子どもが楽しそうなので、こういう環境を作ったのは正解だと思っています。
- 鈴木:
- この言葉やフレーズを覚えなさい、といった形式ではないのですね。
- 平野:
- ええ、完全に遊びです。英語だけでなくすべての活動の経緯やコミュニケーションの過程で、遊びというのをとても大事に思っています。フィンランドでは遊びを「レイキ=Leikki」と言いますが、無邪気に遊べる時期は、子ども時代以外にありません。それだからこそ、とにかく遊びをさせたい。そういう考えから、英語活動も遊びがベースになっています。
- 鈴木:
- 遊びから学ぶということですね。
- 平野:
- 遊びのほかにもうひとつ大切にしているのが、リアリティです。例えば、大人はこれは椅子です、これは机です、という会話はしません。それよりも、私はこれが欲しいですとか、これは私のものではありませんとか、普段の会話の中に出てくる表現に重点をおいた活動をしていきたいと思っています。例えば、これは幼稚園では他に例を見ないようなものかと思いますが、提携しているオーストラリアの幼稚園と、週3日間昼間はオンラインでずっと繋いで、お互いの様子や音声がオンタイムで流れるようにしています。これは英語教育のためではなく、環境として世界を身近に感じるためのものです。オーストラリアは日本とあまり時差もありませんし、インターネットを通じて日常の中に自然に外国の環境を作り出せます。子どもたちが色々な経験をしたり、自立したりしていく中で、英語や異文化に対して自然と幅が広がるでしょう。子どもたちも喜んでいて、スクリーン上のオーストラリアの園児に笑顔で手をふったりHelloと言ったりしています。教育だとHelloと言われたら、Helloと答えなければならないという感じになりますが、キートスガーデンでは先方のキャンパスを環境の一部として構成しているので、とても自然な雰囲気が作り出せています。
- 鈴木:
- オーストラリアでも日本語を勉強したいというニーズがあるのではないですか。
- 平野:
- そうですね。オーストラリアは産業面でも日本との関係が深い国ですので、日本語を必須科目にするところがあるほど勉強する傾向があるようです。ですから向こうの幼稚園も興味を持っていて、こちらから向こうに「ありがとう」と日本語で接することもひとつ、反対に英語で遊ぶということも活動のひとつだと思っています。
- 鈴木:
- イベントを一緒にやるなど具体的な企画はありますか。
- 平野:
- 普段はバーチャルな環境ながら、あたかもスクリーンの向こうに豪州の幼稚園の部屋がもうひとつリアルにあるような感覚で子供達が接してくれればと思っておりますが、ゆくゆくはイベントも考えたいですね。例えば、お互いに歌を発表するのもいいですし、もっと自然に、「野菜の芽が出てきたからこれを見て」とか、「スポーツ大会で走るから見ててよ」とか、日本の桜の木を見せながら「そちらにもこういう木はある?」とか、そういうリアリティがあり、なおかつ自然にお互いにコミュニケーションが出来るようなことをしていきたいと思っています。
鈴木佑治の感想
先日、出来上がったばかりのキートス幼稚園を訪問させていただきました。田園風景の中に青々とした芝生が敷かれた庭に囲まれて園の建物があります。中に入ると自由に動ける大ホールが真ん中にあり、それを囲むように小さな小部屋が四隅にさりげなくありました。先生たちの目がどこからでも届くよう工夫されています。園児たちは私を見つけるやすぐ近くに寄ってきて大きな声で挨拶をしてくれました。のびのびと自然に遊びまわれる空間で、岐阜経済大学の高橋正紀先生を囲んでバルシュ-レというボール遊びに興じていました。その流れを断ち切ることなくごく自然に英語を使った遊びが展開され、これにも子どもたちは没頭していました。ふと見ると園長の平野先生に園児たちが抱きついたり手を握ったりして話しかけています。こんなに大勢の子どもたちの笑顔を見るのは久しぶりです。