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For Lifelong English

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様々な世代の人々が様々な場で、生涯を通して何らかの形で英語にかかわって仕事をしています。英語は人それぞれ、その場その場で違います。このシリーズでは、英語を使って活躍する方にお話を聞き、その人の生活にどう英語が根付いているかを皆さんにご紹介し、英語の魅力、生涯にわたる楽しさをお伝えしていきます。英語はこんなに楽しいもの、英語は一生つきあえるもの。ぜひ英語を好きになってください。

第24回 Lifelong English – NHK「えいごであそぼ」の現場を見る!その2

吉田秀樹(よしだ ひでき)氏

吉田 秀樹(よしだ ひでき)氏
NHK「えいごであそぼ」プロデューサー
平成8年NHKエデュケーショナル入社
平成18年より現職

鈴木 佑治(聞き手)

鈴木 佑治 先生
立命館大学生命科学部生命情報学科教授
慶應義塾大学名誉教授

番組制作上での苦労

鈴木:
番組を作るうえで苦労するところはどんなところですか。
吉田:
やはり英語圏の人間でない我々が作るということが一番苦労するところです。もちろんネイティブの方にも入っていただいているのですが、思わぬところで日本語と英語の違い、文化の違いが出てきます。例えば物の区分けの仕方ですが、テーマを“CAR”にした場合、トラックやバスは“CAR”ではないと指摘されました。我々は“CAR”というとタイヤの付いたものなら何でもと思っていましたが、英語の“CAR”は日本語の車とイコールではないと。日本語の感覚とはちょっと違いました。映像などを作った後にこういったことがわかると大変なので、ここで映すものは、こういうものであるということを、脚本作成時や撮影の際にしっかり確認しています。そうしておかないと、まさかというようなことが結構あるんです。
鈴木:
確かにそうですね。例えば他には?
吉田:
苦労という点では、“OPEN/CLOSE”のキーワードの際には、キーワードをぼやかさないためにも“Closed”といった活用形にはしたくないというこだわりがあるため、ドアが閉まるまでは“CLOSE”だけど、閉まった状態になると“Closed”になってしまうから、映像で表現するのは動作としてだけにしようとか、では閉めたといってもどれくらいまでが“CLOSE”なのかと検討します。ネイティブの方も、こんなに深く考えたことはないと言われることがあります。同じように、単数・複数についても日本語の感覚とはやはり違います。就学前の子どもたちにわかりやすくするためにも、多くの場合、単数形のみを扱うようにしています。番組中に聞いたことがある言葉をとにかく拾って欲しいので、活用していない方が耳に残るし記憶として定着しやすいのではないかと思うのです。
鈴木:
実は、第一言語習得という観点から言うと、ネイティブの子どもでさえも複数の習得は後の方になるんですね。要するに複数形の概念を理解するのはネイティブにとっても複雑なんですね。
吉田:
それと効果音ですが、日本語だと風が吹いているときは「ヒュー」だったり、そういった決まりのような音がありますが、英語にはあまり無いということにも気付きました。物語の中でキャッチボールをする時に、「ビューン」とか「それっ」、「とりゃー」というような表現の方法が無いようなのです。動物の鳴き声も、例えば象を真似してくださいと言ったら、日本語だったら「パォーン」と表現すると思うのですが、それをネイティブの人たちは本当に一生懸命形態模写をするわけです。
鈴木:
決まった表現が無いんですね。
吉田:
日本人は象だと言わなくても、「パォーン」と聞くと、象かなと連想できるんですけれど。こんな風に、日本語を使い慣れている我々からすると、英語は表 現が限られるように感じています。

ロゴ

英語教育の入り口として

鈴木:
私は今、幼稚園からも相談を受けているのですが、2011年には小学校英語が必修化するということで、幼稚園の英語教育というのも非常に注目されています。「えいごであそぼ」は、そういった流れにも一役買っているのではないでしょうか。
吉田:
そうですね。この番組の最大の強みは、月曜日から金曜日まで、一定の時間を英語で放送しているテレビ番組であるということだと思います。子どもたちが視聴しやすい時間に英語の番組を放送する。それによって自然に英語に触れてもらえる機会を作りたいのです。
鈴木:
この時間帯は、この年代の子どもたちが一連の日本語の幼児番組を見ていて、そのまま英語の番組にスーッと入り、終わるとまた日本語の番組にスーッと戻るように工夫されている。子どもたちは日本語とか英語とかあまり意識せず一連の番組として見ているわけですね。朝起きて幼稚園に行くまでの時間帯と帰ってきてから夕食までの時間帯に一連の幼児番組があり、その一部が英語になっているわけですよね。授業というのではなく、こうした遊び感覚の作りがこの年代の子どもたちに合っているのだと思います。日本語で歌ったり、体を動かして遊んだりする流れの一部に英語もあるということですよね。子どもたちは色んなことを見たり聞いたりして吸収したものを体を動かして表現してみたくなる時期ですからね。
吉田:
体を動かしたり、物を作ったり、歌を歌ったり、楽器を演奏してみたり、そういったきっかけが子どもにはたくさんあって、その中から自分の好きなものを選んでくれればと思っています。
鈴木:
この時期に日本語を禁止して英語づけにして教え込むという塾などに幼児を入れるという方法がありますが、母語を無視する不自然な環境を強いることになりますから、幼時期の人格形成には少々きつい経験になるのではないかなと危惧します。日本語を含めて色んなものをまだ習得できてないわけだから、バランスをとりながらやっていく必要があるでしょう。だから現在のこの子ども番組の流れは子どもたちにとって非常にいいと思います。
吉田:
子ども番組は、子どもたちに楽しいと思ってもらえるように作っています。「えいごであそぼ」も英語教育というよりは、英語を楽しんでもらえたら成功かなと思っています。
鈴木:
その「楽しませる」というのが、幼児教育の原点だと私は思います。遊びのなかで色んなことを覚えていきますものね。

エリックさんと子どもたち

視聴者の声

鈴木:
それで今まで視聴者からたくさんフィードバックがあったと思いますけど、どんなものがありましたか。
吉田:
キーワードを反復するのがいいと好評で、“HEAVY”という単語をやった日に、自分が重い荷物を持ったら「へビィ~」と言っていたとか、信号を待っているときに青になったから「ゴー!」だとか、父親にりんごを差し出して「これなんだ?」と聞き、父親が「りんごでしょ?」と答えると、「違うよアポー(Apple) だよ」と言ったとか、そういう声をいただきました。番組を離れて子どもたちの実生活の中に、使った言葉が試されていくということですね。
鈴木:
子どもが荷物を持った時に自然に「Heavy」と言ったというのは、「Heavy」を日本語の「重い」という言葉に置き換えて訳したのではなく、初めから荷物が重いことが「Heavy」ということらしいと番組を見ながら自然に理解したからなんでしょうね。
吉田:
そうですね。恐らくその理解の間には、日本語は入っていないのだと思います。重い荷物を持った時に“HEAVY”と言っていたから、自分も重いものを持った 時に“HEAVY”と言う、そういう反応をしてくれたのでしょう。
鈴木:
そこがまさにポイントですね。もう一つ、親御さんが英語の発音できないから、という悩みの声にも応えられていますよね。
吉田:
「えいごであそぼ」を見ている時には、ケボやモッチがなんと言ったのか、セリフの内容をお母さんに聞きたがると言うことがあるようです。親子のコミュニケーションの一助になれば、子どもが何かを発語してほめられるチャンスがありますし、それを誇りに思ってまた英語に親しみを持ってくれたらさらに嬉しいです。その他には、ネイティブの発音をちゃんと聞ける、自分には出来ないから、という声も多いですね。ただ、親御さんの中では、せっかく番組で本物の発音が聞けるから、一緒に見ていても自分は発音しないというケースがあるようです。何が正解かはわかりませんが、子どもと一緒にチャレンジしてみれば、その方がお子さんも楽しいのではないでしょうか。

ケボ&モッチ

今後の抱負

鈴木:
今後番組をどのようにしていきたいか抱負を聞かせてください。
吉田:
やはり一番は今までもやってきたことではあるのですが、番組を見ている間も番組から離れているところででも、少しでもいいから、英語を発語して使ってもらえればいいなということです。あとは小学生に上がる前の多くの子どもたちがこの番組を一度は見たことがあると言われていますので、そこで出来ることを突き詰めていくことです。
鈴木:
これは英語への入り口ですからね。あまり気張らないで、自然に。
吉田:
いつか英語を学び始めるとき、ああ子どもの時に「えいごであそぼ」で見たことのある言葉やフレーズだな、と思い出してくれたらと思います。
鈴木:
小学校に入ってからABCの発音の仕方を習うのではなく、ここでなんとなく耳にしていたら随分違いますよね。あ、あれって英語の音だったんだというのが後からわかったり。英語という外国語に慣れ親しむということはとてもいいことだと思います。うらやましいと言いますかね。僕らのように20代半ばから向こうに行って本格的に英語を話し始めたのではとてもじゃないけど大変です。
吉田:
私も中学で英語が始まったとき、なぜ英語を勉強するかわからず抵抗感がありました。最初にちょっとでも遊びの要素があれば、壁がなく入りこめるのではないか思います。遊びながら楽しんで英語に触れる、「えいごであそぼ」はその機会を提供できる番組でありたいです。

鈴木の感想

幼児のテレビ番組作りの舞台裏は比較対照言語学と意味論の世界です。といっても決して堅苦しいものではありません。英語のシナリオが書けても幼児に分かり易く目に見える形にするのは大変です。また英語と日本語の違いもあります。吉田さんが幾つか例を挙げていますが、一筋縄では行かないキーワードがたくさんあります。キーワード選択会議では、出席者から予想もしない興味深い質問が出てきます。一つ一つじっくり意見を出し合いながら決めていくのですが、これがとても楽しく時間はあっという間に過ぎてしまいます。「あそぶ」の名詞形は「あそび」ですが、日本語では深い意味があります。名工が詰めの作業をする時に、寸分たがわず固定せず敢えてある程度の余裕をもたせて「あそび」を作っておくことがあります。国宝級の木造建築の解説書を読むと、「あそび」がものづくりにいかに大切であるかがわかります。これらの建築は各所に「あそび」があり、そのため壊れずに永く立ち続けます。「えいごであそぼ」の番組作りにも微妙なところで日本的「あそび」の精神が生きているような気がします。

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